2000年12月20日「失敗学のすすめ」「プロ野球 成功するスカウト術」「集中力」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 今回も三冊ご紹介することにします。

1 「失敗学のすすめ」 畑村洋太郎 講談社 1600円
 いまの時代に大切なことは、「創造力」。その創造力を開発する意味では、「失敗」を避けて培えるものではない。小さな失敗を不用意に避けることは、将来起こりうる大きな失敗の準備をしている、のではないか。
 それがテーマである。
 失敗にはいろんな風景があるらしい。曰く、「失敗情報は伝わりにくく、時間がたつと減衰する」。曰く、「失敗情報は隠れたがる」。そのほかにも「失敗情報は単純化したがる」「失敗原因は変わりたがる」「失敗は神話しやすい」「失敗情報はローカル化しやすい」「客観的失敗情報は役に立たない」「失敗は知識化しなければ伝わらない」などなど。
 最後のケースでは、某企業では、失敗を起こした当事者が自分の失敗をA4の紙一枚程度のレポートに簡単にまとめ、その情報が必要と思う部署に向かって情報発信するシステムを実行している、という。どこの部署が情報を必要としているかも失敗当事者が自分で判断しなければならないというルールまである。失敗は、あって当然で、これと上手に付き合っていこうという前向きの姿勢なのだ。
 著者がいいたいことは、「ちょっした成功より価値ある失敗をたくさんしよう」ってなことだろう。なるほどねぇ。

2 「プロ野球 成功するスカウト術」 牛込惟浩著  690円
 著者は言わずとしれたプロ野球スカウトの大御所。横浜ベイスターズに所属し、しかも、担当は外国人選手。と言えば、あのボビー・ローズを見つけだした人と、ピンとくるにちがいない。
 かつての大物選手のメジャー実績など、現実のスカウティングではほとんど何の意味も持っていない死んだ情報である。彼らが必要なのは、選手の現在や将来についての情報。いかに多くの「生きた情報」を収集するかが仕事の勘所だ、という。
 彼には野球経験がないけれども、四十年にわたって一流のスカウトとしての評価をものにしてきた。コツは、専門家が狭い判断基準を設定するのに対して、そもそもそんな基準を持たず広い視野で選手を見てきたからだ。
 外国人スカウトの仕事の範囲はめちゃくちゃ広い。選手が来日してからの生活アドバイザーまで務めているらしい。交通機関や銀行、スーパーの使い方を教えたりする。日本語のあいさつをアドバイスしたエピソードでは笑ってしまった。「サンキュー」と言われたら、「ヒゲを触るな」と早く言えと教えるらしい。「Don't touch mustache」が日本人の耳には「ドウイタチマシテ」に聞こえるのである。
 あるいは、監督と選手との連結弁というの役割もしなければならない。たとえば、ほとんど勝利を目前にした試合を凡ミスでフイにした。監督は怒って全選手に外出禁止令を申し渡す。ところが、これが外国人選手には理解できない。
 「われわれは確かにふがいなかった。しかしそのことと外出禁止と一体どんな関係があるのか」
 確かにその通りである。しかし立場上、監督の言葉をあげつらうことはできない。必死になだめるのだが、「絶対にわかってくれない」と嘆く。日本人なら、「ま、仕方ないか」で終わるようなことが終わらない。彼らは根拠のある言葉なら率先して従うが、意味のないことに対しては徹底的に反発する。
 代理人システムについても、メジャーをケースにして貴重な意見を述べている。
 「一部のプレーヤーの年俸が急騰し、球団経営が圧迫された。ツケは多くの無名プレーヤーにまわされた。そればかりか、プレーヤーの野球への取り組み方が変質した。野球談議に花を咲かせることがない。選手はトレーナー室にいる時間とグラウンドにいる時間がほとんど同じ。試合が終わると、できるだけ早く球場から去ろうとする」
 その他、スカウトならではの情報。つまり、契約交渉についても目からウロコの内幕話が詳述されている。
 これは面白いだけではなくて、ためになる一冊。

3 「集中力」 谷川浩司 角川書店 571円
 著者は「光速流」として名を馳せ、十七世名人として永世名人の資格を得た棋士である。
 だから、将棋の話が中心になるが、将棋の知識がゼロでも楽しく読める。というか、人生とビジネス、何よりも人間勉強になるから読んだほうがいい(と思う)。
 「技術を百パーセントだすにはその人の内面の奥深さが必要である。刻々と変化する局面に単純に対応し、こなしているだけで何も打開できない。状況を飲み込み、判断し、先を読む内面の広がりが重要である。言い換えれば、将棋の研究以外に何かをプラスアルファできないと勝ち続けていけない。そういう意味で三十代に人間としての厚みを増やさないと四十代、五十代と長く勝ち続けていくことは難しい」
 深いね。
 興味を引いたのは、「子どもが将棋に強くなるかどうか」に関する目の付けどころ。
 「思い付いた手をどんどん指していけるかどうかがポイントだ」と言うのだ。
 考え込んで指していたのでは強くはならない。技術的に未熟なので読み筋に大きな穴をある。しかし、それはそれでいい。何か自分はこういう狙いを持っているのだ、ということが指し手に表れている子が伸びる。
 「一時間かけて一局指すよりも、一局を十分、二十分と数多くどんどん指すのがよい。私も子供にしては早指しだったが、羽生さんは早指しで直観的にどんどん指していくタイプだった。知識や技術に頼るのではなく、ひらめいた手を指すというのが将棋にが強くなる第一条件」という。
 タイトルにもなった「集中力」については、「本当の強さの基盤になるのが集中力である。前例のない初めて見る局面で百点の手をどう探し、見つけ出せるかは総合的な能力なのである。集中力はもって生まれた才能とは違う。好きなことに夢中になれるというのは、だれもが子供のころから持っている資質なのである」という。
 才能という言葉はあるレベルまで行ってからのことで、それまでは継続的な努力によってのみ上達や向上がある。子供に継続的な努力を可能にする集中力を養うことが大切なのだ。
 たとえば、同じく棋士の先輩である米長邦雄さんは中学から高校までの六年間に将棋の勉強を毎日五時間やった。時間にして一万時間である。著者も五歳から中学二年生でプロになるまでの約十年、一日三時間は将棋に取り組んだという。問題は毎日続けられるかということ。そのためには好きになることなのだ。
 もう一つ、面白いエピソード。
 「師匠と二回将棋を指したらプロにはなれない」という言葉がかつての将棋界にはあった。彼の世代までは内弟子制度というものがあって、中学生のころから師匠の家に住み今で家の手伝いなどをしながら将棋の勉強をした。入門すると、師匠が力量を見るために一局だけ指してくれる。しかし、その後は何を何も教えない。次に師匠が指してくれるのはプロ棋士を諦めさせるときだ、という。
 「この子はプロになれそうもない」と判断すると、師匠は最後にもう一局指してくれる。そしてわざと負けて、「お前はこんなに強くなったのだから、家に戻っても十分やっていける」と引導を渡すのだ。
 内弟子制度は今はなくなったが、師匠や先輩の棋士が教えないということは変わらない。棋士は「インチキ大相撲」と違って同門でも勝負をしなければならない。師匠や先輩、後輩に関係なく対戦しなければならない。つまり、手取り足取り教えたら敵に塩を送ることになってしまう。
 しかし、彼は「それ以上の理由がある」と言う。
 「ただ教わるだけでは師匠や先輩を超えることができない。言われたことをただ記憶するというのでは伸びない。自分の頭で考え、自分から新しい工夫をする、その苦労や努力だけが自分の力になる。自分で考える力がなければ、この道には向かない」
 はじめて聞いたが、対局に遅刻すると、三倍の時間が持ち時間から引かれるという規則がある、という。五分遅れたら十五分のマイナスになるわけである。
 いろんな話題が満載。どれも勉強になる。小さいけども、強力な一冊。最近、新書や文庫にいい本が多い。