2008年11月18日「蘇る封印歌謡」 石橋春海著 三才ブックス 1800円
「放送禁止歌謡」と、ひと口でいってもいろいろありますわな。私の分類では3種類ほどになります。
まず最初に「言葉狩り」の対象になる歌。たとえば差別用語とかね。
具体的にあげると、「びっこの七面鳥(なんと美空ひばりさんの歌)」「ガチャ目の酋長さん」「まっくろけ節(あっと驚く越路吹雪さんの歌)」「気ちがいの唄」「気ちがい女のために」「盲目になりたい」「びっこの仔犬(加山雄三さん)」とかですね(そうそう、このサイトでも紹介した「チューリップのアップリケ」とか「手紙」も放送禁止歌謡でしたね)。
2つ目は政治的、治安的、社会的な事情からちょっとこれは・・・という歌。たとえば、「月の朝鮮海峡」「自衛隊に入ろう」「三億円強奪事件の唄」「ホーチミンのバラード」とか。
3つ目はエッチな歌、卑猥な歌。たとえば、「しおふき小唄」「はやくして」「ピヨピヨ節」「かんにんして」(すべて紫ふじみさん。会ってみたいですな)「おねがい」「カリカリ小唄」「ハメハメ」「痛い痛い痛いのよ」「女風呂の唄」・・とかね。どれもこれも聞いてみたい唄ばかりですけどね。
そういえば、子どもの頃に「ヤットン節(超・懐メロファンの私くらいしか知らない唄)」歌ってたら、母親からきつく怒られたことがあるんですけど、いま考えれば、こちらが恥ずかしくなるような歌詞でしたね。もち、意味がわかってたら歌いませんよ。
で、本書でもこれらが理由でたぶん封印されたであろう歌謡をピックアップして、作り手、歌い手、関係者にインタビューしてます。
たとえば、「赤軍兵士の詩」の頭脳警察PANTAさん。エッチ部門では、「金太の大冒険」の作者つボイノリオさん。最近、ザ・フォーク・クルセダーズの復活でも注目された「イムジン河」。映画「パッチギ!」の主題歌でも有名になりましたね。この唄を発売しようとしたレコード制作者高嶋弘之さん。
それぞれが印象深くて、やっぱメッセージ性を十二分に持った唄であり、クリエイターたちでしたよ。
そういう意味では、下手に中途半端にヒットした唄よりも、「封印された」という事実の持つ重要性とか重大性が、逆に「栄えある存在」として光り輝いているように感じられるというか、当局の狙いや目的をみごとに裏切ってくれて、打破してくれて、「ザマァ見ろ」という爽快感さえ覚えますな。
世の中はつくづく皮肉なものですな。小さな歯車が人智の及ばない「運命」という大車輪を実は回しているということに気づかされますな。
さて、本書を通じて私がいちばんお伝えしたいことは、「封印歌謡にはもう1つある」ということです。「特別枠」といってもいいかな。
それは歌手が許されない大罪を犯してしまったために、その歌手の唄すべてが封印されてしまった。さらにはその歌手の存在さえ無き者とされている、ということです。
その歌手とは、克美しげるさんですね。
彼の持ち歌で知られるのは、たぶん、若い方にはSMAPがCMソングとしてカバーした「エイトマン」かな。団塊世代には一瞬、「おもいやり」かも、その上の世代だと「さすらい」でしょう。
いずれも名曲ですね。いまでもカラオケでは広く歌われてると思います。
広く歌われてるのに、なぜ封印? それは音源をすべて管理している東芝EMIが、これらのヒット曲も含めて、彼のすべての曲を廃盤処分にしてるからですね。
いったい、彼はなにをやったのか? 殺人です。本書では、彼の半生をインタビューで綴ってます。
どうも「魔の刻」というのが、人間にはありますね。悪魔に魅入られる瞬間です。どうしてあんなことしたんだろ? あんなことしなければよかったのに・・・。
「後悔先に立たず」ではなく「後悔後を絶たず」と私は言ってますけど、大きなターニング・ポイントというのがあります。
裕福な家に生まれ、明るく素直に育ち、その礼儀正しさと優しさが有力者や先輩に可愛がられ、チャンスをつかむ。ロカビリーで人気者になり、上京して歌謡曲に転向するや、「さすらい」が大ヒット(1964年)。2年連続でNHK紅白歌合戦に出場。また、『人形佐七捕物帳』(NHK)にレギュラー出演。
これが「歌手克美しげる」のピークだったかもしれません。
あれだけ稼いだ歌手なのに、給料は月額20万円。所属事務所の社長だけが麻布に住み、外国車を乗り回す羽振りの良さ。
その後、鳴かず飛ばずでドサまわりの日々。スター稼業は辛いよ。金が無くてもある振りをしなくちゃならない。
それでも、スターだから寄ってくる女性はたくさんいた。妻子ある身なのに(今どき古いか!)、惚れた女ができた。つまり、愛人。銀座の売れっ子ホステスだったけど、借金を作り続ける彼のためにソープ嬢になるわけ。本気で応援してたんでしょう。
1975年、ドサまわりの彼にチャンスが舞い降りてきます。カムバックで大ヒットを飛ばした水原弘さんに続けとばかりに、「かつてのヒット歌手再生計画=3000万円作戦(それだけの予算をかけるということ)」に彼が選ばれるわけ。
1発目は空振りしたけど、2発目は手応え十分。それが1976年の「おもいやり」という曲。阿久悠さんの作詞によるもの。
北海道から南下する全国キャンペーンに出かける日、彼はこの愛人を殺し、死体をトランクに入れたまま、羽田空港の駐車場に置きます。それが彼の命取り。トランクから流れる血に気づいた警備員が警察に通報。そして、旭川駅で逮捕されるわけ。
取り調べにあたった刑事がこうつぶやいた。
「あの唄、いいな。ヒットしただろうにな。それにしても作詞家はあんたたち2人のことをよく知ってたようだね」
おかげで、阿久悠さんまで取り調べられたとか。
♪泣いて暮らすなよ 酒もほどほどに
やせたりして体を 悪くするじゃない
せめて別れの握手に 心こめながら
お前にささやく 胸のうちを
じっと聞いてくれ すねて泣くじゃない
惚れて転ぶなよ 恋におぼれるな
一途になり自分を 捨ててけがするな
別れまぎわによけいな ことと思うけど
お前を愛した 男だから
これがはなむけさ 思い出してくれ
5年過ぎたかな ここの愛の巣も
気づかないでいたけど みんな思い出さ
大人どうしのくらしに 幕をおろす時
お前が行くまで しゃれていたい
肩で泣くじゃない 胸で泣くじゃない♪
判決は懲役10年。控訴せず結審。懲役を済ませ、娑婆に出てきても針のむしろ。
スナックで営業すれば、「お前が他人様の前で歌ってもいいのか!?」と攻撃されるわ、遺族とのご対面コーナーなどを記事や番組で仕掛けては、被害者の家族をあおる。芸能記者総検事システムともいうべき「メディアスクラム(過熱集団取材)」があるとわかっているのに依頼を断れない。
この優しさというか、ある意味、無防備で優柔不断な性格が悲劇を招いたのかもしれませんな。
女性を騙すのに馴れた男なら、もっと巧く立ち回ったでしょ。
離婚もしてないのに、愛人と結婚式まで挙げてみせ、ドサまわりの会場でいつも観客に混じって隠れている愛人を発見しては「みなの迷惑になるから来ないで欲しい」と喉まで出かかっているのに言えず、「君がいてくれたおかげで安心して歌えたよ」とついつい機嫌をとってしまう。
「このチャンスをふいにしたら2度とカムバックできない」と考える男と、「売れたら捨てられる」と考える女。ギリギリまで追い込み追い込まれた男と女の破滅へのチキンレースを見ているようですな。
付録の新録音CDには「さすらい」「おもいやり」「エイトマン」の3曲が収録。70歳を数える克美しげるさんの歌はやっぱり下手になってます。ユー・チューブで聴ける壮年時代の歌声には張りがあります。
けど、いまのほうがたしかに味はありますな。400円高。
※12月7日、いま住んでる奥さんの実家(館林)で克美しげるさんのコンサートがあります。前日、大阪で講演なんだけど、行きたいなあ。行くべきだろうな。
まず最初に「言葉狩り」の対象になる歌。たとえば差別用語とかね。
具体的にあげると、「びっこの七面鳥(なんと美空ひばりさんの歌)」「ガチャ目の酋長さん」「まっくろけ節(あっと驚く越路吹雪さんの歌)」「気ちがいの唄」「気ちがい女のために」「盲目になりたい」「びっこの仔犬(加山雄三さん)」とかですね(そうそう、このサイトでも紹介した「チューリップのアップリケ」とか「手紙」も放送禁止歌謡でしたね)。
2つ目は政治的、治安的、社会的な事情からちょっとこれは・・・という歌。たとえば、「月の朝鮮海峡」「自衛隊に入ろう」「三億円強奪事件の唄」「ホーチミンのバラード」とか。
3つ目はエッチな歌、卑猥な歌。たとえば、「しおふき小唄」「はやくして」「ピヨピヨ節」「かんにんして」(すべて紫ふじみさん。会ってみたいですな)「おねがい」「カリカリ小唄」「ハメハメ」「痛い痛い痛いのよ」「女風呂の唄」・・とかね。どれもこれも聞いてみたい唄ばかりですけどね。
そういえば、子どもの頃に「ヤットン節(超・懐メロファンの私くらいしか知らない唄)」歌ってたら、母親からきつく怒られたことがあるんですけど、いま考えれば、こちらが恥ずかしくなるような歌詞でしたね。もち、意味がわかってたら歌いませんよ。
で、本書でもこれらが理由でたぶん封印されたであろう歌謡をピックアップして、作り手、歌い手、関係者にインタビューしてます。
たとえば、「赤軍兵士の詩」の頭脳警察PANTAさん。エッチ部門では、「金太の大冒険」の作者つボイノリオさん。最近、ザ・フォーク・クルセダーズの復活でも注目された「イムジン河」。映画「パッチギ!」の主題歌でも有名になりましたね。この唄を発売しようとしたレコード制作者高嶋弘之さん。
それぞれが印象深くて、やっぱメッセージ性を十二分に持った唄であり、クリエイターたちでしたよ。
そういう意味では、下手に中途半端にヒットした唄よりも、「封印された」という事実の持つ重要性とか重大性が、逆に「栄えある存在」として光り輝いているように感じられるというか、当局の狙いや目的をみごとに裏切ってくれて、打破してくれて、「ザマァ見ろ」という爽快感さえ覚えますな。
世の中はつくづく皮肉なものですな。小さな歯車が人智の及ばない「運命」という大車輪を実は回しているということに気づかされますな。
さて、本書を通じて私がいちばんお伝えしたいことは、「封印歌謡にはもう1つある」ということです。「特別枠」といってもいいかな。
それは歌手が許されない大罪を犯してしまったために、その歌手の唄すべてが封印されてしまった。さらにはその歌手の存在さえ無き者とされている、ということです。
その歌手とは、克美しげるさんですね。
彼の持ち歌で知られるのは、たぶん、若い方にはSMAPがCMソングとしてカバーした「エイトマン」かな。団塊世代には一瞬、「おもいやり」かも、その上の世代だと「さすらい」でしょう。
いずれも名曲ですね。いまでもカラオケでは広く歌われてると思います。
広く歌われてるのに、なぜ封印? それは音源をすべて管理している東芝EMIが、これらのヒット曲も含めて、彼のすべての曲を廃盤処分にしてるからですね。
いったい、彼はなにをやったのか? 殺人です。本書では、彼の半生をインタビューで綴ってます。
どうも「魔の刻」というのが、人間にはありますね。悪魔に魅入られる瞬間です。どうしてあんなことしたんだろ? あんなことしなければよかったのに・・・。
「後悔先に立たず」ではなく「後悔後を絶たず」と私は言ってますけど、大きなターニング・ポイントというのがあります。
裕福な家に生まれ、明るく素直に育ち、その礼儀正しさと優しさが有力者や先輩に可愛がられ、チャンスをつかむ。ロカビリーで人気者になり、上京して歌謡曲に転向するや、「さすらい」が大ヒット(1964年)。2年連続でNHK紅白歌合戦に出場。また、『人形佐七捕物帳』(NHK)にレギュラー出演。
これが「歌手克美しげる」のピークだったかもしれません。
あれだけ稼いだ歌手なのに、給料は月額20万円。所属事務所の社長だけが麻布に住み、外国車を乗り回す羽振りの良さ。
その後、鳴かず飛ばずでドサまわりの日々。スター稼業は辛いよ。金が無くてもある振りをしなくちゃならない。
それでも、スターだから寄ってくる女性はたくさんいた。妻子ある身なのに(今どき古いか!)、惚れた女ができた。つまり、愛人。銀座の売れっ子ホステスだったけど、借金を作り続ける彼のためにソープ嬢になるわけ。本気で応援してたんでしょう。
1975年、ドサまわりの彼にチャンスが舞い降りてきます。カムバックで大ヒットを飛ばした水原弘さんに続けとばかりに、「かつてのヒット歌手再生計画=3000万円作戦(それだけの予算をかけるということ)」に彼が選ばれるわけ。
1発目は空振りしたけど、2発目は手応え十分。それが1976年の「おもいやり」という曲。阿久悠さんの作詞によるもの。
北海道から南下する全国キャンペーンに出かける日、彼はこの愛人を殺し、死体をトランクに入れたまま、羽田空港の駐車場に置きます。それが彼の命取り。トランクから流れる血に気づいた警備員が警察に通報。そして、旭川駅で逮捕されるわけ。
取り調べにあたった刑事がこうつぶやいた。
「あの唄、いいな。ヒットしただろうにな。それにしても作詞家はあんたたち2人のことをよく知ってたようだね」
おかげで、阿久悠さんまで取り調べられたとか。
♪泣いて暮らすなよ 酒もほどほどに
やせたりして体を 悪くするじゃない
せめて別れの握手に 心こめながら
お前にささやく 胸のうちを
じっと聞いてくれ すねて泣くじゃない
惚れて転ぶなよ 恋におぼれるな
一途になり自分を 捨ててけがするな
別れまぎわによけいな ことと思うけど
お前を愛した 男だから
これがはなむけさ 思い出してくれ
5年過ぎたかな ここの愛の巣も
気づかないでいたけど みんな思い出さ
大人どうしのくらしに 幕をおろす時
お前が行くまで しゃれていたい
肩で泣くじゃない 胸で泣くじゃない♪
判決は懲役10年。控訴せず結審。懲役を済ませ、娑婆に出てきても針のむしろ。
スナックで営業すれば、「お前が他人様の前で歌ってもいいのか!?」と攻撃されるわ、遺族とのご対面コーナーなどを記事や番組で仕掛けては、被害者の家族をあおる。芸能記者総検事システムともいうべき「メディアスクラム(過熱集団取材)」があるとわかっているのに依頼を断れない。
この優しさというか、ある意味、無防備で優柔不断な性格が悲劇を招いたのかもしれませんな。
女性を騙すのに馴れた男なら、もっと巧く立ち回ったでしょ。
離婚もしてないのに、愛人と結婚式まで挙げてみせ、ドサまわりの会場でいつも観客に混じって隠れている愛人を発見しては「みなの迷惑になるから来ないで欲しい」と喉まで出かかっているのに言えず、「君がいてくれたおかげで安心して歌えたよ」とついつい機嫌をとってしまう。
「このチャンスをふいにしたら2度とカムバックできない」と考える男と、「売れたら捨てられる」と考える女。ギリギリまで追い込み追い込まれた男と女の破滅へのチキンレースを見ているようですな。
付録の新録音CDには「さすらい」「おもいやり」「エイトマン」の3曲が収録。70歳を数える克美しげるさんの歌はやっぱり下手になってます。ユー・チューブで聴ける壮年時代の歌声には張りがあります。
けど、いまのほうがたしかに味はありますな。400円高。
※12月7日、いま住んでる奥さんの実家(館林)で克美しげるさんのコンサートがあります。前日、大阪で講演なんだけど、行きたいなあ。行くべきだろうな。