2008年12月19日伊勢神宮に詣ってまいりました

カテゴリー中島孝志の不良オヤジ日記」

 なにごとの おわしますかは しらねども
 かたじけなさに なみだ こぼるる

 鳥羽院の北面の武士だった西行は「神宮」に参ってこう詠んでいます。西行とは佐藤義清(のりきよ)のこと。新古今和歌集にも撰歌される歌人ですね。

 たしかにそう感じさせるだけの空気がありますね、ここには。
 手入れの行き届いた神宮林に囲まれ、凛とはりつめた空気がなんとも心地よい。マイナスイオンとかフィトンチッドの効果かと単純に片付けられない荘厳さがあります。
 さすがに日本最高のイヤシロチですな。



 「神宮」とは伊勢神宮の本名です。宇治の五十鈴(いすず) 川上にご鎮座の皇大神宮(内宮)と、伊勢山田の原にご鎮座の豊受大神宮(外宮)、及び別宮など125社神社の総称なんですよ。
 外宮の御祭神は豊受大御神(とようけおおみかみ)。内宮の御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。

 毎年このシーズンにお詣りしてます。大晦日から新年はめちゃ混みですもんねえ。赤福も先週3連休だったとか。3が日の分の先取り休暇でしょうな。

 いったい何しに? お礼参りですね。今年1年の感謝です。来年も来られるといいけど。そうなるように頑張るしかありません。

 神宮について書いたのは、やはり、07年12月05日 (水)なんですね。
 赤福じゃなくて藤屋窓月堂の主人だった藤波孝生さん。彼について書かれた本の紹介です。昨日、お店には行ってきました。リクルート事件で失脚したときには「リクルート饅頭」なんて非難されたんですね。


 この人を本当に逮捕していいんだろうか? 大平内閣の労働大臣、中曽根内閣の官房長官を歴任した藤波孝生さんの強制捜査を担当する検察官の中には、正直、こんな印象を受けた人間がたくさんいたようです。

 階段の下にまで本という本。文化人か哲学者の家でもこれほどの書籍に囲まれてはいない。
 リクルート事件には問題がたくさんあったけど、この藤波という教養溢れる高潔な政治家を表舞台から消してしまったことが最大の罪でした。順調に歩んでいれば、確実に総理総裁の座についていただろう、と永田町のみならず、産業界・マスコミ・官庁も含め100人が100人ともに抱く感想でした。

 藤波さんは早大入学後、雄弁会でいろんな人物と知り合います。
 ほとんどが映画「小説吉田学校」に登場する面々ですけど、海部俊樹、森喜朗、松永光、それからいまの民主党の特別顧問、渡部恒三さん。

 この渡部さんが卒業時に彼におくった言葉。
 「君、西の緒方竹虎たれ。われ東の中野正剛たらん。いずれ議事堂で会おう!」

 この2人、第2次中曽根内閣で官房長官と厚生大臣として同時入閣を果たします。後に渡部さんは小沢一郎さんとともに自民党を離党。
 この時、周囲はみな驚きました。

 「なぜ、小沢と組むのかと訊ねられるが、それは小沢がけっして嘘を言わないからだ。だが、わたしが心から総理大臣にしたい男は別にいる。それは藤波孝生だ」

 控え目に 生くる幸せ 根深汁・・・なんとも藤波さんらしい句ですな。 

 「政治と鎮魂−−にんげん藤波孝生」をぜひご参照ください。こんなに素晴らしい人はなかなかいませんよ。