2009年01月20日「男道」 清原和博著 幻冬舎 1470円
おもしろい、実におもしろい。本人が書いていないにせよ、肉声が伝わってくる。
現役中、「実にシャープでクレバーな選手だ」と思っていたけれども、随所に頭の良さが伺える内容だ。
先週、テレ朝に出演。番組中でインタビューに答えていたが、聞き手を見てガックリ。この人(野球解説者)じゃ、彼の野球観や人生観、宇宙観みたいなものを引き出すことはできないだろうな、と感じたとおり、ノシイカみたいに実に薄っぺらく平たいものでした。
それだけにこの本、楽しみにしてたんよ。
無冠の帝王。清原選手を見るとき、いつもそう感じてた。球界随一の才能を持ちながら、どうして、タイトルに無縁なんだろう。
無縁という意味は、必ずどの分野にも彼を超える成績をあげたものがいるということだ。たとえそれが瞬間風速であってもそうなのである。
85年に入団以来、13年連続20本超本塁打を記録しながら、24年間もの現役生活で1度たりともタイトルを手にしていない。今ひとつの踏ん張り=努力の足りない男なんだな、と感じていた。
長渕剛さんに叱られた喫煙の習慣。怪我。相手投手の執拗な内角攻めによる死球。理由はいろいろあるだろうけど、そう感じられてならなかったのである。
だが、いかに練習の虫であるか野球が好きかがよくわかった。けど、桑田選手・イチロー選手のように「柔らかい筋肉」をつくることに配慮していたらもっとちがう結果に恵まれたのではなかろうか。
野球は格闘技ではない。剛よりも柔、強よりも靱のほうがベターなのである。この分野の世界的指導者を知っているだけに少々残念だ。
彼が目指していたのは王選手だ。岸和田のリトルリーグでレギュラーになったとき、つまり、小学4年生になった1977年。その9月3日に王選手は756本目のホームランを打って世界記録を達成していた。
ホームランシーンは何回もテレビで放映された。そのときの印象がおもしろい。
「何回見ても胸が熱くなった。王選手らは心の底から憧れた。
けれど、ファンとしてではない。王選手のようになろうと思った。
あの人は僕のヒーローではなく、少年時代からの僕の目標だった」
子供の頃からの練習の虫。かといって、運動が苦手な父親とはキャッチボールをしたこともない。ごくごく普通の家庭の生まれなのだ。身体が大きくスポーツ好きなのは祖父からの隔世遺伝。
リトルリーグ時代に、大きなホームランを打つ。祖父が喜ぶ姿。チームメイトが喜ぶ姿。人に感動を与える野球にしびれた。彼の野球の原点はここにある。
桑田投手と出会ったときの驚きと感動も正直に述べている。。
エースで4番。投手としてPL学園に入学したのに、監督から言われる前に「野手転向」をすでに決意。甲子園初優勝のときなど、打者としてもお株を奪われていたこと。人の5倍は練習する男。野球に対するひたむきさ、真摯さ、誠実さで、これ以上の男を見たことがない・・・。
帯コピーにある通り、「誰も知らない本当の素顔」が見られるかもしれない。まさに「告白」の書である。
それにしても、何度も執拗に誘ったくせに、いざとなったらドラフトで指名しなかったり、三顧の礼で迎えたくせに、契約半ばで解雇しようとしたり、フロントに直談判すると逃げ回ったあげく、解雇の方針を撤回したり、ところが、事実上、ゲームに出さずに干したり、挙げ句の果ては「直談判に及んだことを謝罪しろ」と強気に出たり・・・巨人という名のわりには球団首脳は「小人」ばかりである。
泥水を飲む覚悟で戦う。
謝罪会見で彼が述べた言葉だ。言いたくもなかった言葉。選手と球団はイーブンの関係。任期途中で契約解除という暴挙に出たことに個人事業主として当然の交渉に及んだまでのこと。「派遣切り」されたようなものではないか。
それを逆ギレして謝罪せよ、とは理不尽すぎる。だが、すべてを飲み込んで「大人」の対応をした。彼のほうがよっぽど「巨人」である。
「松井がいなくなってからつまらなくなった。松井は巨人の土台だった」と清原選手は「スマスマ」で述べていた。けど、清原・桑田両選手のいない巨人などもっとつまらなくなったと思うよ。お疲れ様でした。400円高。
現役中、「実にシャープでクレバーな選手だ」と思っていたけれども、随所に頭の良さが伺える内容だ。
先週、テレ朝に出演。番組中でインタビューに答えていたが、聞き手を見てガックリ。この人(野球解説者)じゃ、彼の野球観や人生観、宇宙観みたいなものを引き出すことはできないだろうな、と感じたとおり、ノシイカみたいに実に薄っぺらく平たいものでした。
それだけにこの本、楽しみにしてたんよ。
無冠の帝王。清原選手を見るとき、いつもそう感じてた。球界随一の才能を持ちながら、どうして、タイトルに無縁なんだろう。
無縁という意味は、必ずどの分野にも彼を超える成績をあげたものがいるということだ。たとえそれが瞬間風速であってもそうなのである。
85年に入団以来、13年連続20本超本塁打を記録しながら、24年間もの現役生活で1度たりともタイトルを手にしていない。今ひとつの踏ん張り=努力の足りない男なんだな、と感じていた。
長渕剛さんに叱られた喫煙の習慣。怪我。相手投手の執拗な内角攻めによる死球。理由はいろいろあるだろうけど、そう感じられてならなかったのである。
だが、いかに練習の虫であるか野球が好きかがよくわかった。けど、桑田選手・イチロー選手のように「柔らかい筋肉」をつくることに配慮していたらもっとちがう結果に恵まれたのではなかろうか。
野球は格闘技ではない。剛よりも柔、強よりも靱のほうがベターなのである。この分野の世界的指導者を知っているだけに少々残念だ。
彼が目指していたのは王選手だ。岸和田のリトルリーグでレギュラーになったとき、つまり、小学4年生になった1977年。その9月3日に王選手は756本目のホームランを打って世界記録を達成していた。
ホームランシーンは何回もテレビで放映された。そのときの印象がおもしろい。
「何回見ても胸が熱くなった。王選手らは心の底から憧れた。
けれど、ファンとしてではない。王選手のようになろうと思った。
あの人は僕のヒーローではなく、少年時代からの僕の目標だった」
子供の頃からの練習の虫。かといって、運動が苦手な父親とはキャッチボールをしたこともない。ごくごく普通の家庭の生まれなのだ。身体が大きくスポーツ好きなのは祖父からの隔世遺伝。
リトルリーグ時代に、大きなホームランを打つ。祖父が喜ぶ姿。チームメイトが喜ぶ姿。人に感動を与える野球にしびれた。彼の野球の原点はここにある。
桑田投手と出会ったときの驚きと感動も正直に述べている。。
エースで4番。投手としてPL学園に入学したのに、監督から言われる前に「野手転向」をすでに決意。甲子園初優勝のときなど、打者としてもお株を奪われていたこと。人の5倍は練習する男。野球に対するひたむきさ、真摯さ、誠実さで、これ以上の男を見たことがない・・・。
帯コピーにある通り、「誰も知らない本当の素顔」が見られるかもしれない。まさに「告白」の書である。
それにしても、何度も執拗に誘ったくせに、いざとなったらドラフトで指名しなかったり、三顧の礼で迎えたくせに、契約半ばで解雇しようとしたり、フロントに直談判すると逃げ回ったあげく、解雇の方針を撤回したり、ところが、事実上、ゲームに出さずに干したり、挙げ句の果ては「直談判に及んだことを謝罪しろ」と強気に出たり・・・巨人という名のわりには球団首脳は「小人」ばかりである。
泥水を飲む覚悟で戦う。
謝罪会見で彼が述べた言葉だ。言いたくもなかった言葉。選手と球団はイーブンの関係。任期途中で契約解除という暴挙に出たことに個人事業主として当然の交渉に及んだまでのこと。「派遣切り」されたようなものではないか。
それを逆ギレして謝罪せよ、とは理不尽すぎる。だが、すべてを飲み込んで「大人」の対応をした。彼のほうがよっぽど「巨人」である。
「松井がいなくなってからつまらなくなった。松井は巨人の土台だった」と清原選手は「スマスマ」で述べていた。けど、清原・桑田両選手のいない巨人などもっとつまらなくなったと思うよ。お疲れ様でした。400円高。