2004年07月05日「おちおち死んでられまへん」「ひとり旅は楽し」「パイロットフィッシュ」
1 「おちおち死んでられまへん」
福本清三著 集英社 1500円
グッジョブ!
「ラストサムライ」のサイレント・サムライ役、良かったですねぇ。
幕末から混沌として原理原則が大きく変革しようとしている時・・・。大きく価値観は揺らいでましたが、それだけに男が男であろうとし、女が女であろうとし、日本人が日本人であろうとしたのかもしれません。
ある意味では、武士道と近代兵器との戦いでした。
それが「ラストサムライ」の時代背景です。
この本、聞き書きなんですね。
聞き書きっていうことは、黒子がいるわけ。で、黒子の声は活字にならない。福本さんの声だけが活字になるってわけ。
このスタイルは前書「どこかで誰かが見ていてくれる」と同じです。インタビューしたのは小田豊二さん。
わたし、この人の本、大好きです。たとえば、「横浜物語」なんて、最高でした。横浜橋商店街のほていやのコロッケまで登場してましたもの。ここの一人息子、多摩美出身なんですけど、いま、六本木でテレビ制作会社でADやってます。
まっ、そんなローカルな話題はいいか。
で、福本さん。斬られ斬られて数万回。役者が好きで、時代劇が好きで、名もなく、貧しい大部屋役者。
その人が1人の熱烈なファンがきっかけで、やっぱり人生を大きく変えていきました。
だって、ラストサムライではオーデイションも受けず、このファンが日本側のキャスティングディレクターに熱い手紙を書いて実現しちゃったんだもの。
やっぱり、どこかで誰かが見ていてくれるんですねぇ。
「ラストサムライですか。いや、私。出てまへんがな。はい、撮りましたよ。トム・クルーズの映画の撮影に、ハリウッドとニュージーランドにも行きました。でも、映ってまへんがな。ほんま、映っていても、ワンカットかツーカットや思います」
そんなことありませんでしたね。
トム・クルーズ演じるネイサン大尉の監視役として片時も離れず、また、渡辺謙さん演じる勝元が囚われた時には弓矢で戦ったり、最後は官軍との戦いの中でネイサンの身代わりになって死んでいく姿はかっこよかったですな。
うん、千両役者です。
「いちばん印象に残っているのは、私がトムさんを武士の家に案内するシーン。私が先にあがって、そのあとをトムさんが続く。私はこの時、胸の奥がじーんとしましたわ。
だって、そうでっしゃろ。
このシーン、トムさんを私が案内するんでっせ。
トムさんと私、ふたりだけですわ。ただ、歩いていく。
これまで私がやってきたことと言えば、スターさんとからんだシーンは立ち回りやないですか。それがふたりだけで歩くんですわ。それも、世界のトム・クルーズと。
五台のキャメラがトムさんと私を追うんでっせ。
こんなこと、あってええんかいなって思いましたわ。あの時、私の中では、もし、編集の段階でこれらがすべてカットになってもええって思いました。私の映画人生のなかで、最高の想い出になるんやから」
・・・わたしもジーンと来ましたよ。大部屋で苦労した人はたくさんいるでしょうけど、並みの苦労ではないようですからね、この人は。
でも、好きなことをやってるから、苦労とは思ってないでしょうな。
けど、端から見れば、素直に祝福してあげたい。応援してあげたい。そう思わせる何かがあります。
それはサラリーマンにも相通じるものでしょうね。
人生、するりと抜けるより、壁にぶつかり、反問しながら、汗をかいて歩いてきた人しか持たない何か・・・。
馬にたとえたら申し訳ないんですけど、「ハルウララ」への共感がすごかったでしょ。サラリーマンはみな、世渡りがうまい人ばかりではありませんもの。だから、損なタイプだけど、誠実に懸命に仕事をしてる人に共感を感じるんですよ。
なぜって、そんな人が多いからですよ。
わたし自身も、上司や役員と喧嘩して干された経験がたくさんありますからね。懲罰人事を何回くらったことか。でも、それなりにどこも住めば都。誠実に仕事をしてるうちに、周囲の状況のほうが勝手に変わっていったもの。
だから、世渡りベタの人を見ると応援したくなります。判官贔屓、おおいに結構。
「2004年度27回日本アカデミー賞協会特別賞」も、ようやく届けられたご褒美みたいなものですよ。
「こんなご褒美があってもいいじゃないの」
そんな気持ちです。 わたし、この人の人生は映画にはならないかもしれないけど、テレビドラマなら十分作れると思いますよ。いまの時代なら、受け容れてもらえると思います。
「ラストサムライ」で8カ月間、日本を不在にしてました。
というよりも、所属する東映を離れていたわけ。
この間は給料が出ない。しかも、ハリウッド、ニュージーランドにいる間に定年を迎えてしまった。
だから、困った、困った。
この映画を受ける時に、奥さんに相談します。
「おい、トムさんの映画、出るようになったんやけど、金、大丈夫か。向こうの映画に出るっていったって、わしらのギャラはたかが知れてる。日本にいたほうが金になるみたいやで。生活、困るんなら、行かんほうがええのとちがうか」
この時の奥さんの返事。実は、着の身着のままで結婚し、子供が生まれてにっちもさっちもいかなくなった時と一緒。
「あんた、何言うとんの。私が苦労を苦労と思わんでこれたのは、あんたが俳優さんだからやないの。そんなに勝手に弱音を吐くんやったら、私の青春返して!」
夫婦春秋だね、こりゃ。
本場に行って、肌で映画の作り方の違いを感じてきます。
「アメリカっていうところは、我々日本人が考えているリアクションがわざとらしく映るんですねぇ。ムムッ、にっくきヤツ! なんて、眉間に皺を寄せたりすると、かなり変な演技に思われるようです。本当に憎いヤツを目の前にしたらそんな顔をしないっていうわけです」
「あっちは立ち回りをする時に、刀を相手に当てィ言うんですわ。私らは、ずっと、立ち回りで相手を斬る時は、いかに相手に刀を当てないで、斬ったように見せるかを叱られてきたやないですか。逆に言えば、相手の体に刀を当てたら、そんなもん、このド素人がって怒鳴られたもんですわ」
そのために殺陣があるんですけど、こんなことは通じないんです。「リアリティ」の意味についての解釈が違うんでしょうな。
この映画、演じているトムさん以外の役者はすべて日本人。五百人のエキストラですからね。
ところが、監督をはじめ、キャメラマンから照明、音響にいたるまで、スタッフはすべて外国人。
日本の時代劇の演出をすべて外国人がやってるわけ。
しかも、農村風景や民家、武士の家なども明治初期が背景になってますが、これもすべてニュージーランドで作っちゃった。スケールの違いにびっくり。
ところで、ラストサムライのラスト、覚えてますか?
「勝元の死に様を聞きたい」と勝元の刀を宮中に持参したネイサンに陛下が質します。この返事に涙が止まりませんでしたね。あまりに見事で。愛情溢れていて。
「・・・生き様をお話しましょう」
人間、死に様よりも生き様が大切。
本当に、おちおち死んではいられませんな。
450円高。
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2 「ひとり旅は楽し」
池内紀著 中公新書 720円
著者はドイツ文学者。ドイツ紀行の著者としても知られてますね。
ところで、ひとり旅にはいったい何を持っていけばいいんでしょうかねぇ?
旅の長さや行き先によっても違うけれども、著者は次の持ち物を上げてます。
下着二枚、靴下三足、タオル二枚、セーター、パジャマ、Tシャツ、ヤッケ、折りたたみ傘、ナイフ、フォーク、手帳、マッチ、ヒモ、輪ゴム、目覚まし時計、缶切り、トイレットペーパー、洗濯ばさみ、ビニール袋。それにメンタム、絆創膏、風邪薬、胃腸薬、頭痛薬、カメラ、カード、住所録・・・。
わたしゃ、とてもじゃないけどこんなに持っていきませんよ。
つい最近も海外に行ってましたけど、パスポートと少しの現金、そしてカードくらい。
着替え?
そんなものは現地調達です。
著者は大反対。だって、お金がかかるからとのこと。
そうかなぁ、日本ほど物価の高い国、ないと思うけどね。現地で使って、そのまま捨ててくる。これがベストだと思うけどねぇ。
まっ、地球上でも辺地しか行ってないからね、わたしの場合。
著者も朱印帖を書いてもらうことをしばらくやっていたそうです。四国巡礼とかね。
最近、これは老後の楽しみにとっておこうと気づいたらしいけど、若いうちからやっていても面白いですよね。
朱印帖とは、厚紙に布を張った立派な表紙。アコーディオンの蛇腹式のヤツで訪れた寺ごとに朱印を押してもらう。
たいてい、「○○山○○寺 ○○○」と書いてありますでしょ、「大悲閣」「聖観世音」とかね。
わたしもそうとう集めましたよ。
京都に四年も住んでましたから、毎週、あちらこちらのお寺さんに行ってましたものね(いまは夜の尼寺でっか? ほっといて頂戴!)。
神戸には「どんどん坂」があります。
坂を上り詰めたところに、石組みのキリスト教会、坂の途中に回教寺院、向かいに日蓮宗の寺、坂の下には弁天様、つまり、坂一つにキリスト、マホメット、日蓮と弁天と遭遇できるわけ。
日本人らしい。いや、日本らしい。
開国した時、立ち寄る船乗りや外国船のために、たくさんの宗教の教会を作ったんですね。
たとえば、函館では「ガンガン寺」です。
正式には函館ハリストス正教会。ここは山腹にあるけれども、少し下がると、ローマ・カトリック教会。ハリストス正教会の東側には英国聖公会、坂を下がると、メソジスト教会、ついで浄土真宗函館別院、西に道教の廟堂。少し上がると、船魂神社。
長崎は「どんどん坂」でしょ。
横浜も同じですよ。
港町には坂道がよく似合います。たくさんの坂道があります。そして、お寺さんとさまざまな教派のキリスト教会がありますよ。
「何十組もの部屋食を一度に作れるわけがない。作り置きを適宜、運んでくるだけ。これは給食システム」
たしかにそうですね。
わたしはホテルが苦手で、たいてい旅館に泊まるようにしています。となると、どうしても部屋食になりますね。
けど、これはもっと嫌いなんです。かといって、大食堂に行くのも嫌。だから、旅館でもホテルでも食事はとらないことにしています。
じゃ、どうするの?
外で食べるんですよ。地元の人しか行かないような店ね。そこはほら、「B級グルメ」で鍛えられてるから、大丈夫。
「大分県の院内町には74もの石の橋がある」
へぇ、今度、行ってみようっと。
150円高。
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3 「パイロットフィッシュ」
大崎善生著 角川書店 1400円
これ、「聖の青春」「将棋の子」の大崎さん、はじめての小説ですね。透明感というか、清涼感を感じます。
もろさ、優しさ・・・やっぱり、人は1人では生きていけない。いや、1人で生きてはいけないんだ、ということが再確認できたかな。
「人は一度、巡りあった人とは二度は別れることはできない」
なぜ?
だって、その人の影響を少なからず受け、意識しているとしていないとに関わらず、行動してしまっているもの。
主人公の山崎は40歳のエロ本出版社の編集長。
ここに就職したのも、大学時代、たまたま恋人を寝取られて喫茶店で泣いていた由希子とつき合うようになり、彼女に紹介されたから。
紹介といっても、彼女が電話帳から適当に選んだだけだけど。
けど、この由希子とも別れてしまいます。
だって、バイト先のマスターが死んだ夜、山崎は過ちを冒してしまったからねぇ。
「たとえば、右と左に分かれる道があって、右に行くことが楽しいと確信して右に進んでいく人間と、正しい道かどうかもわからずに、だけど結果的には右に進んでしまっている人間とどちらが優秀で、そしてどっちの人間が楽しいのかって」
由希子はこれが正しいと思ったら突き進むことしかできないんですね。だから、別れようという運命を選んだ。
その由希子から19年ぶりに電話が入ります。
「一緒にプリクラ撮らない?」
「なんのために?」
「意味とか理由とかそんなものは別にどうでも。ただ、41歳になった山崎君と41歳の子持ちの私と、19年も音信不通だった二人がお互いに中年になってプリクラをする。何だかバカみたいで楽しくない?」
タイトルのパイロットフィッシュとは、簡単に言えば、水槽を心地よい環境にするため、善玉のバクテリアを育成させるための魚のこと。
これはその魚のためではなく、もっと高価で大切な魚、たとえば、アロワナとかディスカスといった魚を生育するためにするもので、用済みになればさっさと捨てられてしまうわけ。
人はみな、パイロットフィッシュなのよ、だれかのために生きていたり、結果として、だれかの助けになっていたりするわけ。
主人公はこの19年間、このエロ出版社に勤めます。
「エロ編集者こそ、本物の編集者」という社長に共感したからですね。いま、自分も同じセリフを吐いているくらいですもの。
たしかに、勃たせてナンボの世界。雑誌名も「月刊エレクト」(なんかありそうな名前だね)。
このエロ出版社の社長、主人公を採用した張本人である沢井は死ぬ前に、山崎を編集長に指名します。といっても、元々、三人しかいない出版社。
しかも、そのうちの1人に編集長就任を断られてしまったからね。
でも、編集長として誌面を刷新します。
その中の企画が一つ、大当たり。それが「新宿風俗ストーリー」。
ヌードよりも恥ずかしい話をインタビューで掲載するって企画。たとえば、親の仕事、小学校時代に得意だった科目などなど。
裸は撮られ慣れてるけど、こういうマジな話には赤面しちゃうんです。
で、その時、知り合った新宿のカリスマ風俗嬢。
心身ともにボロボロの彼女を一カ月間、彼は自分のマンションで介抱します。指一本触れずにね。
1ヶ月後、彼女は消えます。
それからちょうど、2カ月後に、この風俗嬢の手紙をもって、七海(ななみ)という二十歳の子が訪ねてくる。
その手紙に書かれていたことは、「記憶の中だけの存在になりたい・・・・おじさんとは、以前、どこかで会ったことがあるような気がする」
いったい、どこで?
由希子と出会います。ただし、彼女は子供を連れて遊びに来ました。
元カレと元カノとその娘との三人のデート。さて、どうなっていくのやら。
人との出会いは次々に連鎖し、その連鎖の中で記憶は沈殿を繰り返す。この記憶から人は逃れることはできない。
だれもが影響を与え、また、影響を与えられ続けていくわけ。
250円高。
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