2009年05月02日「君は海を見たか」
カテゴリー中島孝志のテレビっ子バンザイ!」
「パパ、ちょっと来て! 早く早く。見てよ、ボクのおしっこすごくきれいなんだ。真っ赤なんだよ」
この台詞よおく覚えてます。「これだけ落ち着いてたらもう治ったんじゃないか?」と安心していた朝、無邪気に叫ぶわが子の声。
このラストシーンよおく覚えてます。テレビでは自宅でのシーン。映画では高知の旅館でのシーンだったと思う。
父親役の天知茂さん。最初は違和感あったんだけど適役でしたね。
テレビに入れたらいいのか映画に入れたらいいのか。ま、テレビにしときましょうか?
39年前の作品。原作も脚本も倉本聰さん。「優しい時間」も「風のガーデン」も、そして「北の国から」もすべてこの延長線上にあると思う。とくに「風のガーデン」はこの作品と表裏一体ではないかしらん。
作家は処女作が絶対なのよ。下手すると永遠に処女作を書き続けてるのかもしれません。これらの作品にしてもそうではないかしらん。
なぜって、そこには常に父子の関係が描かれてるから。
父親の一郎役は平幹二郎さん(日本テレビ)、天知茂さん(大映)、そして萩原健一さん(フジテレビ)・・・というように3人3通りに演じられたわけ。
私がリアルタイムで見たのは日テレの平さん版と映画の天知さん版。どちらも息子の正一役は山本善朗君。この子が巧いんだなあ。
「こんな黒い海を描いたのは誰だ?」
小学校で先生に驚かれる正一。
「お父さんが潜っている海底の海です」
「・・・」
父親の一郎は水中展望塔を建設する企業のプロジェクトリーダー。しょっちゅう高知の足摺岬に出かけるため、たたでさえわが子と話す機会がない。母親は数年前に交通事故で亡くし、1人息子の正一は実質的に妹の弓子が面倒を見てる、というわけ。
ある時、正一が不調を訴える。仮病にちがいないと取り合わない父親に対して、弓子は病院で精密検査を受けさせる。
「お父さんとぜひお話がしたいんですが」という医師に、一郎は会議のため面談せずに会社に戻っちゃう。
その夜、弓子から正一の診察結果について聞かされると今度は怒り出す。
「なぜもっと早く気づかなかったんだ!」
「2カ月前、お父さんにお腹に変な出来物があるって言ったって。そのとき本を読んでて返事しなかったって」
「・・・」
いま、わが子にできることはなんなのか? 遅ればせながら、父親としてすべきことはなんなのか? 懸命に考えた結果、思いついたことは・・・。
39年前と言えば中学生になったばかり。当時の私にはかなりインパクトがありましてね、ショックでしばらくフラフラしてたことを覚えてますよ。
子供はいつまでも子供じゃないし、いましか話せない「時」というものがあると思う。3年後に話しても遅い。そのうちそのうちと考えてるうちに、話す内容もタイミングも逸してしまう。だから、「いま」「このとき」を大切にしなくちゃいけないし、「もう時間がない」と常に覚悟しておく必要があるのかもしれません。
ある禅寺に尼さんがいましてね。その人、帰り際にいつもわんわん泣くわけ。「また来ますから」「おかしいですよ」と笑うと、「そういうもんじゃない。これが最後になるかもしれないからのお」と真剣に言うのね。
ああそうなんだ。そう考えなくちゃいけないんだ。頭をガツンとやられましたね。
一期一会というのかな。朝家を出て、夕方家に還ってくる。これって当たり前のことじゃなく、実は「奇跡」なんでしょうな。つうか奇跡と思わないといけない。このさりげない奇跡に感謝しなくちゃいけない。
これだけの佳作がDVD化されてないのよ。もったいないですな。ぜひ見て欲しいなあ。
この台詞よおく覚えてます。「これだけ落ち着いてたらもう治ったんじゃないか?」と安心していた朝、無邪気に叫ぶわが子の声。
このラストシーンよおく覚えてます。テレビでは自宅でのシーン。映画では高知の旅館でのシーンだったと思う。
父親役の天知茂さん。最初は違和感あったんだけど適役でしたね。
テレビに入れたらいいのか映画に入れたらいいのか。ま、テレビにしときましょうか?
39年前の作品。原作も脚本も倉本聰さん。「優しい時間」も「風のガーデン」も、そして「北の国から」もすべてこの延長線上にあると思う。とくに「風のガーデン」はこの作品と表裏一体ではないかしらん。
作家は処女作が絶対なのよ。下手すると永遠に処女作を書き続けてるのかもしれません。これらの作品にしてもそうではないかしらん。
なぜって、そこには常に父子の関係が描かれてるから。
父親の一郎役は平幹二郎さん(日本テレビ)、天知茂さん(大映)、そして萩原健一さん(フジテレビ)・・・というように3人3通りに演じられたわけ。
私がリアルタイムで見たのは日テレの平さん版と映画の天知さん版。どちらも息子の正一役は山本善朗君。この子が巧いんだなあ。
「こんな黒い海を描いたのは誰だ?」
小学校で先生に驚かれる正一。
「お父さんが潜っている海底の海です」
「・・・」
父親の一郎は水中展望塔を建設する企業のプロジェクトリーダー。しょっちゅう高知の足摺岬に出かけるため、たたでさえわが子と話す機会がない。母親は数年前に交通事故で亡くし、1人息子の正一は実質的に妹の弓子が面倒を見てる、というわけ。
ある時、正一が不調を訴える。仮病にちがいないと取り合わない父親に対して、弓子は病院で精密検査を受けさせる。
「お父さんとぜひお話がしたいんですが」という医師に、一郎は会議のため面談せずに会社に戻っちゃう。
その夜、弓子から正一の診察結果について聞かされると今度は怒り出す。
「なぜもっと早く気づかなかったんだ!」
「2カ月前、お父さんにお腹に変な出来物があるって言ったって。そのとき本を読んでて返事しなかったって」
「・・・」
いま、わが子にできることはなんなのか? 遅ればせながら、父親としてすべきことはなんなのか? 懸命に考えた結果、思いついたことは・・・。
39年前と言えば中学生になったばかり。当時の私にはかなりインパクトがありましてね、ショックでしばらくフラフラしてたことを覚えてますよ。
子供はいつまでも子供じゃないし、いましか話せない「時」というものがあると思う。3年後に話しても遅い。そのうちそのうちと考えてるうちに、話す内容もタイミングも逸してしまう。だから、「いま」「このとき」を大切にしなくちゃいけないし、「もう時間がない」と常に覚悟しておく必要があるのかもしれません。
ある禅寺に尼さんがいましてね。その人、帰り際にいつもわんわん泣くわけ。「また来ますから」「おかしいですよ」と笑うと、「そういうもんじゃない。これが最後になるかもしれないからのお」と真剣に言うのね。
ああそうなんだ。そう考えなくちゃいけないんだ。頭をガツンとやられましたね。
一期一会というのかな。朝家を出て、夕方家に還ってくる。これって当たり前のことじゃなく、実は「奇跡」なんでしょうな。つうか奇跡と思わないといけない。このさりげない奇跡に感謝しなくちゃいけない。
これだけの佳作がDVD化されてないのよ。もったいないですな。ぜひ見て欲しいなあ。