2009年05月04日「アドルフに告ぐ」 手塚治虫著 文藝春秋 670円

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 通勤快読に入れるべきなんでしょうなあ。

 昨日だか一昨日だか、『手塚先生、締め切り過ぎてます!』つう本をチラッとご紹介しましたよね。で、あれれ、もっとガツンと書けばいいのに、めちゃ控えめだなと思ったのね。
 
 きっと、私にとっては不完全燃焼だったんでしょうな。たしかうちには手塚作品もかなりあったよな・・・で、チラッと読むはずがあれこれ読破。止まらない。とくに「アドルフ」と「奇子(あやこ)」に夢中。ついでにDVDも観ちゃった。


「誰も知らなかった手塚治虫」

 このDVDは前編後編でトータル120分あります。で、ホストは「青が赤に飛び込んだ。青に変わる。はい、アタックチャンス!」でお馴染みの児玉清さん。つうことは、これ、NHK・BSの読書番組の特集なんだろうな。
 だから「安作り」とか「つまらない」とか評価する人もいるようだけど、これは傑作ですよ。なぜか? このDVD、1998年制作なんだけど、当時でも昔ながらの担当編集者たち(いま役員ばかり)が登場して、手塚版のエピソード披露してるわけ。これが面白い。

 編集者というのは、作家にお世辞とか言って乗せるのは巧いけど、本質的なとこは絶対譲らないからね。「ダメです」「許しません」なんて表現はしないけど、「こうしたほうが宜しいのでは?」「読者の身になれば」という婉曲で、なおかつ絶対に断られない表現で迫るのね。
 この丁々発止のせめぎ合いが面白い。

 最初から最後まで手塚先生は登場しない。にもかかわらず、120分、かなり深い話してます。傲慢なこと言うけど、聞き手の力が問われる内容だと思います。
 なお、静かに語る元アシスタント寺沢武一さんの話がええですなあ。


「NHK特集 手塚治虫・創作の秘密」 

 こちらの「創作の秘密」にはいやと言うほど手塚先生が登場してます。ほとんど出ずっぱり。

 気さくちゅうか人間臭いちゅうか、手塚先生の味が染みてますなあ。
 3日で3時間睡眠だとか秒単位で追われる姿。企画で頭を捻る姿。脱稿して無邪気に喜ぶ姿。物作り職人はこうであらねばならん、というモデルのような方ですな。

 つまり、深く楽しみたい方は前者、明るく楽しく満喫したい方は後者のDVDをお勧めします。

 で、「アドルフ」ですけど。

 この作品、手塚先生もたしか「創作」のほうで述べてるけど、小さな小さなコラムがヒントになってるわけ。そのコラムには、「ヒトラーにはユダヤ人の血が流れている」という1行があった。ここでけを手塚さんは頭に強烈にインプットしたわ。

 それと、昔から心に残っていたゾルゲ。ソ連のスパイ、リヒァルト・ゾルゲね。この人、戦時中に処刑されたんだけど(そこら辺はモックンの映画観てね)、かなりの関心を寄せてたわけ。

 で、この2つを結びつけた。本来はあり得ない話。そこがフィクションの面白みなんだけど、ゾルゲはドイツ人の父とロシア人の母の間に生まれ、ドイツの大学(政治学専攻)を主席で卒業。博士号をとるわけ。

 だれも結びつけて考えないことを結びつけてみる。これが傑作の素なんだと思う。こういう思考回路でなければ「パイオニア」にはなれないんでしょうな。

 昭和40年の頭は、虫プロ倒産で彼は天中殺のまっただ中。けど、この後に「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」を超える大傑作を続々と発表します。

 たとえば、「ブラックジャック」。
 この作品、毎週20ページ。しかも一話完結なのよ。「こんな離れ業ができるのは空前絶後。手塚先生しかいない」と当時の秋田書店(少年チャンピオン)の担当編集者も述べてます。
 で、ホントは4〜5回で終わらせるつもりだった。終わらせて当然だった。けど、手塚先生と心中しようと考えた。それが結果、バカ売れ。売れに売れた。いまだに売れてる。だってテレビ化されちゃってるもん。

 虫プロ倒産で莫大な負債を抱えて、だれもが終わりだと思った人間が徳俵で踏ん張った。当時のスポンサー(アップリカ葛西の社長さん)が感心してましたよ。
 30人の債権者を待たせたまま、障子1枚裏で漫画描いてたっつうんだから。「描かないと死ぬ」という人だったんでしょうな。
 そういえば、手塚先生の最後の言葉。「隣の部屋に行く。仕事する」だったと奥さんが言ってましたな。
 
 どこからどこまでがこの漫画で、どこからどこまでがどちらのDVDにあったのか、まったくもってごっちゃになってますけど。ま、そういうこと。400円高。