2009年05月28日「トップ屋魂」 大下英治著 KKベストセラーズ 2000円 

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」

 田中角栄、美空ひばり、三島由紀夫、三越の岡田茂・竹久みち、児玉誉士夫、力道山、田宮二郎、務台光雄、福田和子、松田優作、中曽根康弘、太地喜和子、電通、山口組など、著者が肉薄した取材対象は、政界、財界、闇世界など360度。

 著者がトップ屋としておもな戦場にしたのは「週刊文春」「文藝春秋」。すでに独立して長いけれども、本書はトップ屋人生総決算といってもいい1冊。
 「取材対象がちと古いか?」という疑問を押しつぶすくらい、後日談とエピソードが面白い。

 これだけの良本がアマゾンでは全然売れてない。ま、そうかもしれませんな。私にしたって、天ぷら食べに行ったついでに有隣堂本店で見つけたんだからね。有隣堂本店好きなのよ。ユニークな本並べてるからねえ。

 しかし、人の運命というのはわかりませんな。

 貧困の中、いろんな仕事をして、遅くして広島大学文学部に入学。元々は純文学を志してたらしいけど、2年生のとき、『赤いダイヤ』『黒の試走車』などのベストセラー作家として知られる梶山季之さんの講演を学祭で聞いた。これが最初の縁だろうね。

 梶山さんはトップ屋の走りだったからね。

 トップ屋というのは、雑誌社の正社員ではなく「傭兵」みたいなもの。企画を提案し、ネタを集め、そして執筆する、このプロセスのいずれか、あるいはすべてに関与する仕事。週刊誌ともなると、取材担当のデータマン、執筆担当のアンカーマンというように分業されてますからね。

 トップ屋の面白さは、まだ世の中の誰も知らないネタを掘り当てたとき。そしてそれを発表したときのインパクト。これが快感。止められないわけ。

 ところが、梶山さんはこの学祭でこんなことを吐露していたようですな。

「トップ屋としてつかんだネタをすべて活字にできるわけではない。東海道新幹線の用地買収に絡んで自民党の大物政治家の利権漁りに気づいたけど、どうしても裏が取れない。いくら真実でも報道できない。ならば、この事実を小説に託して書こう。それが『夢の超特急』になった」

「君たちは文学だと言えば、すぐに愛だの恋だのを書く。文学を狭い枠の中に閉じこめている。金の動きにもロマンはある。もっと現実に目を向けるべきではないかな」

 そして、なにか困ったことがあれば、いつでも私を頼ってきなさい、とも。このとき、著者はまさか本当に訪ねていくことになろうとは思いも寄らなかったらしいね。

 卒業すると上京。五反田にある電波新聞社で研修を受けることになります。それまで中国総局で働いてたからね。
 で、研修中にぶらっと寄った小さな書店で梶山さんの小説を見つけます。読んでみよう。まずテンポの良さにびっくり。ユーモアと筆運びの巧さに感嘆。

(私小説はやめじゃ! 梶山さんみたいに経済小説を書こう)

 この単純さ、直感がええわな。直感つうのは私欲がないからね。意外と正解なのよ。
 で、梶山さんに電話するわけ。すると、彼は1人、「週刊文春」で活躍している岩川隆さんを紹介してくれたわけ。

 会社からは広島に戻れといわれるし、東京に残って小説は書きたいし、迷いに迷ったあげく、結局、東京に残る。でも、文春にすぐに入れるわけじゃないから、ミロク経理協会という会社に潜り込むわけ。

 所用でたまたま兜町に出かけると、「大宅マスコミ塾 塾生募集」という張り紙。締切が過ぎてたけど、ここもなんとか潜り込む。文章修行のスタートですな。

 ミロク経理協会に入社して3年。近くのラーメン屋に入ると、なんと文春の岩川さんが食べてた。近況を話すと、「近いんだから俺たちが呑むときに顔出せよ」。どこで呑んでるかと聞いたら、なんとミロク経理協会の地下にある店。

 これが縁になって、週刊文春でトップ屋をすることになるわけね。

 この人、あらゆるジャンルの人間を描いてきたと思う。けど、テーマは1つ。
 それは「はみ出すエネルギー」を描くこと。はみ出さざるをえないエネルギーですな。取材対象者の是非は問わない。政治家だろうと裏稼業の人間だろうと、エネルギーのある人を取材する。そして表に現れた花が華やかであればあるほど、地下に張った隠されたコンプレックスの哀しみを描こうとした。

 ただし、批判非難のオンパレードはしない。「俺が彼の立場だったら、彼より優れた業績を残せただろうか?」といつも考えながら取材してたからね。

 この距離感は正しいと思うな。とかくジャーナリストというのは無茶ぶりが多いからね。自分がデキもしないことを相手に要求したりする。テレビのコメンテーター見てるとそうでしょ。聖人君子ぶるのは相手にも失礼ですな。水に落ちた犬を叩いてもしょうがない。権力のピークにある対象のインチキを暴かなあかんな。

 文章はめちゃ読みやすい。プロ中のプロですな。350円高。