2004年03月01日「僕がテレビ屋サトーです」「カウンセラー」「相場のこころ」
1 「僕がテレビ屋サトーです」
佐藤孝吉著 文芸春秋 1800円
3月からメルマガを発行します。
どんなメニューにするかというと、わたしが最近会った人の中で「これは面白い!」と思った経営者の紹介、その人のビジネスの極意や裏話、それからこの「通勤快読」で紹介できなかったけど、毎週、読んでる中から、「これ、いいよ!」という本の紹介などです。
とにかく、ホームページと違ってクローズド情報だけに、「ここだけの話」に特化してお届けしたいと思います。
「内緒だよ」「あなたにしか教えない」というとびっきり高感度の情報をプレゼントしますから、お楽しみに。
これ、サイコーです。今年になったばかりですが、これ、一番じゃないかな。
理由は三つ。
1ダイナミック。
2ドラマティック。
3ユースフル。
おかげで450ページある本ですが、一気に読んでしまいました。あと3倍くらい欲しかったな・・・。
著者は日本テレビで執行役員専務とディレクターを兼務しする、という変わり種。黒澤明を信奉し、元々はドラマからスタートした人。
波瀾万丈を絵に描いたような人で、ディレクター初日に大失敗。「ボクにはできません」と急遽、先輩に代行してもらい、雑巾がけを三年務めます。
敗者復活がまだまだあった時代、制作部長にはなったものの、部会を下ろされる八カ月の間に、「就任しました」「今度クビになりました」という二回の報告会で済ませていた、という根っからのテレビ職人。
それが役員に登用されるんですから、日本テレビは面白い。
さて、著者が入社した時、民間放送はスタートしてまだ五年。受像器にしても、百万台をようやく突破した頃です。一年前に長嶋茂雄がプロ野球にデビュー(この人の引退セレモニーも著者が演出します)。
ところで、三年間の雑巾がけの間、著者は何をしていたかというと、シナリオを書く修業をしてたんですね。
古本屋に通って、黒沢作品を徹底的になぞる。
彼が俳優に演技をつけたり、ダメだしできなかった理由は、シナリオを咀嚼し、それを自分なりの方針で演者に伝える能力がなかったからでしょう。でから、自分のドラマは自分でシナリオを書くと決めたんです。
勉強してると、気づきます。
「ここが勘所だな。お客が喜ぶ。こんなところに仕掛けをしてたのか・・・」
シナリオのコツを飲み込んだ瞬間でしょう。
「映画は読まなきゃダメ。字で読んではじめて映画だよ」という著者の考え方はここから生まれました。
実はわたしも映画を見た前後、必ず原作を読んでました。
「砂の器」もそうですし、「白い巨塔」もそうです。読めば違いがわかるし、「あぁ、あそことここを繋いだんだ。たしかにそのほうがいいな」とわかります。
著者は「ダイヤル110番」という警察物のドラマを一話撮ります。
これはテレビ勃興期の名作で、石原裕次郎が唯一主演したドラマだそうです(太陽にほえろ、西部警察は主演じゃないんですな)。
このドラマの一話として、彼は殺人も犯人逮捕も何もない作品を撮ります。警察官と迷子の子どもを主役にした作品。山手線をぐるぐる回る中に心が通っていく。そんな心の風景を描いたドラマ。
佳品として、評判になります。
「お父さん、泣いてたわよ」
これが著者にはなによりも励みになったと思います。
ところで、ドラマには三つの基本があるそうです。
1ドラマは生活の中にある
2それを見つけ出す眼を持て
3それを語る感性を磨け
彼はこの二十分あまりのドラマを撮りながら、実はこれはあらゆるテレビに応用できる原理原則だということに気づきます。
著者は「アメリカ横断ウルトラクイズ」「ピラミッド再現計画(クフ王の隣に本物のピラミッドを造る!)」「はじめてのおつかい」「カルガモ一家」「追跡」など、テレビという枠を超えて社会現象にまでなった番組を創り出します。
そのすべてがこの三原則にあるのだ、というのです。
ひと言で言えば、どうなるでしょうか?
それはどう撮るかではなく、何を撮るか。これを忘れてはいけないんですね。
昭和41年になると、明らかにテレビは新時代に突入していました。
カラーテレビ、クーラー、カーという新三種の神器が普及すると、自然と「メシ食いドラマ」という名のホームドラマが全盛になってきます。
すると、いままで著者が撮っていたようなドラマは視聴率が取れなくなってくるんですね。
仕事がうまくいかないと、すべてが逆回転することがありますね。天中殺とでもいいましょうか。
で、著者も腐って仕事しないで映画ばかり見ていると、「おまえ、ビートルズ、撮れ」という命令。
「ビートルズってのは、あのおかっぱ頭の3人組ですか?」
「バカもん、なんにも知っちゃいねぇ。つべこべ言ってないで撮ってこい」
日テレがビートルズ来日にあたって独占放映権を取ったんですね。
「ついでに言っとくがな、ビートルズってのは5人だぞ」
当時の日テレには、エノケン劇団の助手やら、陸軍で5千人の兵隊を率いていた部隊長やら、新聞社や映画界、演劇界のはみ出し者、新し物好きが集まっていました。
煮えたぎった寄せ鍋のような会社だったんですね。
で、著者はオープニングから撮ろうとします。ホテルに行ってみると、話が違う。
マネジャーだか付き人だかわからないようなのが出てきて、「ノー」のひと言。で、喧嘩しちゃうわけ。
大声でやりあってると出てきたのがブライアン・エプスタイン。
「面白い、やろう。ただし、2分」
部屋から出るところから、ビートルズにキュー出しするわけです。
「ドキュメンタリーはあるがまま。作っちゃダメって言ってるでしょ」
編集の女ボスにたっぷり叱られます。
ドラマを干されたものの、「長嶋茂雄のさよなら特番」「マリリン・モンロー」の二本で、不器用だけども変わった娯楽ドキュメンタリーを作るヤツだ、という評判が立ちます。
この評判だけで指一本だけ引っかかっていたわけです。
昨今、日テレの事件から視聴率が注目されましたけれども、著者に言わせると「視聴率とは成績表のようなもの」で、たとえば、自分の独りよがりで5分間だけ遊ぶと、この時間帯の視聴率は確実にボコッと落ちるそうです。
視聴者は正確に反応するんですね。
使用する問題2000問、移動する距離2万キロ、機材4トン、60名のスタッフ。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」です。
昭和52年にスタートし、16年も続いた特別番組である。
当時、クイズは頭のいい少数の人間がスタジオで知識を競うものでした。この枠をぶちこわしたい。
若者の海外渡航も当時、珍しかった。
後楽園球場で第一問を出題した時、3千人の応募があった。けど、実際に来たのは400人だけ。
司会は福留功男アナ。第一声は湿っていたものの、参加者の歓声がものすごい。一題、一題ごとにボルテージがどんどん上がっていく。歓喜、落胆、絶望・・・。
「日本人って、こんなに感情をあらわにする民族だったっけ?」
いや、この番組から日本人は変わったんです。、と著者は自信を込めて言います。
平均視聴率24.4パーセント、16年間65回の1時間半番組でこの数字はものすごい。
50代になり、制作部長もクビになった著者は、テレビ職人として、番組作りに徹しようと考えますが、現場の若者との乖離を感じて、アイデンティティを喪失しつつありました。
「いい年して、俺たちのの仕事を取る気か?」という視線が痛かったんでしょうな。
「オレ、会社、辞めるかもしれないかんな」と奥さんにひと言。
「そう、自分でそう思うなら・・・」
「なんだ、その言いぐさは!」と喧嘩になる。
2カ月間、会社にいっても居場所がない。机を片づけていると、パラパラと紙片が落ちた。
「カルガモの母鳥が子ガモを連れて大手町の人工池から外堀通りを通って皇居のお濠に引っ越した」という記事。
ピピーンと閃きます。これを番組にしよう。
ところが、番組を持っていないディレクターほど辛いものはありません。
「売れない女優とディレクターほど始末に悪いものはない。女優は抜けば仕事があるが、ディレクターはない」
番組を持たないディレクターはお座敷のかからない芸者みたいなものですね。
ディレクターからアナウンサーにまでアピールする始末。けど、だれも乗ってこなかった。
最後の最後、助け船を出したのが「ズームイン朝」のプロデューサー。
「毎朝2分だけだけど」
「予算は一週間で90万円ぽっきり」
こんな条件でも飛び上がって喜ぶ始末。
カルガモ親子を日テレで放送すると、話題になります。
すると、パクリが信条のテレビ局は全部、大手町にやってきます。新聞社、雑誌社、CNNまでくる始末。もうカルガモは社会現象になってしまいました。
すると、当然、取材合戦になりますが、カルガモ親子ポイントを刺激してはいけないと、泣く泣く、報道協定みたいなものを作って、カメラ位置も線引きが行われるわけ。
ところで、カルガモ親子はまったくお濠に行く気がないのか、全然動かない。
「人工池に居つく気だ」という噂が流れ、テレビ局もどんどん撤収していきました。しかし、著者は頑張ってるわけ。
その理由は、大学の専門家にカモの習性を聞いていたからです。
「必ず引っ越す。その時を狙え」
「今日もダメか、隣のホテルパレスでメシでも食って帰るか」とADを使いに出すと、母鳥が尻尾を振っていることに気づきます。カルガモは声や尻尾で子どもにメッセージを送るんですね。
「今日は目が色っぽい、いつもと違う」というのはカメラマン。
とうとう、カルガモ親子が8車線の道路を渡る気になったんです。このチャンスをもののにしたのは日テレだけ。まさに、著者、逆転のホームラン。
このブームは3年間続きました。
「はじめてのお使い」「追跡」という人気情報番組も著者が作りました。そのほかにも感動的なエピソード、教訓は数えきれず。
それは本書を読んで確認してください。「たかがテレビ、されどテレビ」というのが伝わってくる本です。
550円高。購入はこちら
2 「カウンセラー」
松岡圭祐著 小学館 1400円
『催眠』という100万部突破した小説がありますが、それの続編だそうです。けど、催眠という本も読んだけど、あまり記憶に残ってないんですよね。
こっちのほうがはるかに良かったな。
小説をどこまで解説していいのか、ホント、距離感が微妙だから困っちゃう。まっ、ぼちぼちいきまひょか。
絶対音感をはるかに超え、音楽によってその人物像、性格、生き様、来し方行く末までを洞察する小学校の音楽教師。この人、文部科学省から表彰されるほど、ユニークな教育で引きこもりや不登校児を矯正してきたわけ。
けど、そんな彼女にとんでもない不幸が襲います。
ここから先は本を読むつもりならジャンプしてください。
愛する家族が皆殺しされちゃうわけですね。
犯人は13歳のダメガキ。親もそろってどうしようもない人間。けど、警察としては手出しはできない。それを知っててやったワル。
で、どうするか?
上野の裏町でピストルを手に入れます。それで見事、復讐を遂げてしまう。
ここまで来ると、映画の「処刑教師」だね。
彼女の行為はどんどんエスカレートします。正義感、義務感、使命感、それになんといってもと快感が大きな動機付けとなって、法律で捌けない少年犯罪の犯人たちを、ガンガン処刑していきます。
国民は喝采。「ざまぁみろ!」ってなわけ。
けど、ここまで来るとブレーキのない暴走車ですね。事実、犯人たちとたまたま一緒にいた子どもも殺してしまうんです。
肝心の警察はどうしてるかというと、犯人だとわかっていながら、これが彼女の直感力を偽札破りのデータとして活用するためにずっと泳がせているわけ。
もちろん、「少年犯罪の大きな抑止力になっている」という事実も否定できません。
小説としては、これだけだと救いがありませんね。
このプッツン先生の魂を救う正義の味方。それが嵯峨という心理療法士なわけ。
わたしは勝手に、古畑任三郎をイメージして読んでました。
この先生はクールで洞察が深く、適格で、なにより魂を救うことに懸命な人間的な温かさを持つ人。
さぁ、邪魔する警察、拒絶する女教師、それにこの心理療法士がどう関わり合っていくのか。
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3 「相場のこころ」
ロイ・ロングストリート著 東洋経済新報社 1600円
著者は大豆相場で百万ドルを稼ぎ出した人。クレイトン・コモディティ・サービス社の社長、会長を務めた人でもあります。
投資スキルが勉強できるわけではありません。相場感覚、マーケットの見方、考え方を学ぶ本ですね。
しかし、ひと言ひと言が投資というよりも、箴言のように聞こえてくるから面白い。
「相場で金を失うほとんどのトレーダーは、主として、自らが何をしたいのかがわかっていないから、そんな羽目になる」
「最初の損がもっとも小さい。ミスした時点で、できるだけ早くそれを認識すること。その時、損を最小に食い止めるべく行動すること」
「トレーダーが一度だけミスを冒すことはめったにない。一度間違えれば、もういちど、ミスをする。痛いのは二度目だ」
同じ株価、為替相場にもかかわらず、ベアとブル、買いと売りとにわかれる。なぜ同じ相場状況で、しばしば異なった反応をするのか。
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