2002年07月01日「僕はこうやって11回転職に成功した」「40歳にしてわかる『理にかなう』ゴルフ」「自分の中に毒を持て」
1 「僕はこうやって11回転職に成功した」
山崎元著 文藝春秋 1429円
著者はファンドマネジャーです。週刊朝日とかダイヤモンド誌に連載を持ってますね。
それがまぁオモテの顔とするならば、ウラの顔は「過去、11回の転職を繰り返している」ということになりましょうか。
で、本書はこのウラの顔を存分にさらけ出したもので、ある意味、日本でいちばん面白い「自分史」ではないか、とわたしは思います。
でもまぁ、正直に語ってますよ。「ここまで書いていいの」というくらい。まるで他人の日記を読んでるような気がしたなぁ。
だって、「こんなこと、書いてヤバイんじゃないのぉ?」という文章が少なくないんです。
たとえば、イニシャルとはいえ、悪口雑言の列挙。この人、批評家精神がものすごく発達してるから、正論を鋭く述べてるんです。でも、正論は人を傷つけますからね。しかも、当事者はもちろん、その周辺にも、「あっ、これは○○さんのことだ」とピンと来ると思うんですね。でも、書いちゃってる。
正直なんですね。
ただ、この人、ものすごくフェアなんです。この正直さと批判精神を自分自身にも向けているんですからね。そういう意味では、骨のある人物と見受けました。
さて、著者は東大卒後、三菱商事に入社します。はなから官僚は無理と判断し(正解!)、銀行にしようか、商社にしようかと迷い、「何でも屋」よりも「1つのビジネスに精通できる」という意味で商社マンになります。
志望は財務部。で、運良く配属後、数カ月で異動させてもらう。
仕事はする。けど、周囲との摩擦というのは少なからずあったみたいですね。
たとえば、社員旅行。
「ゼッタイに行かない」
上司から個室で説得され、頼まれもしたが、理路整然と断ってしまった。上司のほうも、「こいつに幹事は無理だ」と去年の新人に押しつけます。それを上司の弱腰と見て取って、断固、断ってやれと決めるんですね。
上司も大変です、こんな新人と仕事しなきゃならないんですからね。
でも、この人はバカじゃないから、きちんと上司から習うべきことは素直に習ってます。いいことは聞く耳を持つ、というスタンスなんでしょうな。
「第1に、意見は大きな声で言え。これが肝心なことだが、だれにでも同じことを言え。だれにでもだぞ。第2に、意見は会社のためを思って言え。ほんとうに会社のためを思って言った意見なら、間違えたとしても、あとから必ず助かる。そして、最後に『コイツはちょっと可愛いな』と他人に思わせるような何かがあれば、なおいいな」
この最後の項目はできなかったみたいですね。
さて、三菱商事には3年11カ月いて、転職します。退職時にもらったネクタイはすり切れても、まだ大事にとっているとか。案外、ロマンチストなんですな。
著者も言ってますが、「最初の転職が自分にとってもっとも一大事だった」と。
そうです。その通りです。わたしも転職1回、独立1回、結婚1回(離婚はまだない)という経験がありますが、最初がいちばん緊張するんです。
「健康で、まじめに努力する気があるなら、なんとかなるものだ」
著者はそう言います。
でもね、ここから転職人生がスタートするんですが、次から次へと転職できた理由は、「エンピロイアビリティ」があったからですね。売れるだけのスキルがあったからですよ。これがなければ、いくら、健康で真面目に努力しても入れてはくれません。
これからどのくらい転職するか、ざっと記すと、野村投信→住友生命→住友信託銀行→シュローダー投信→バーラ→メリルリンチ証券→バリバ証券→山一証券→第一勧銀朝日投信→明治生命→UFJ総研(現在)、てな具合です。
「勉強を目的とする転職があってもいい」という通り、この中には勉強目的で入った会社の少なくありません。もちろん、生活のために緊急避難的に転職したのもあると思います。
著者は自分の体験から、「専門職として一人前になるには、集中的な努力をして2年間」と述べてます。
石の上にも3年、と言いますが、このスピード時代、2年という数字は、まっ、そんなもんだと思います。2年間あれば、プロの世界で自分がどれだけ通じるかがわかります。向き、不向きといった資質についても気づきます。そして、2年やって進歩が見られないなら見切ったほうがいいんです。
ところで、「こんなこと書いて大丈夫なの?」といった理由は、著者が勤めた会社の問題点を赤裸々に語っているのですが、その中にはゼッタイに表沙汰にしては困る内容のものが少なくない、と思うんです。
とくに、住友生命と住友信託銀行については、こんなにレベルの低い会社だったとは知りませんでした。
たとえば、住友生命。
10年前の話ですが、資金の運用部門のスタッフが、証券会社が発行するレポートを後生大事に奪い合っている姿に呆然とします。こんなもので投資するんじゃないのに、投資情報は証券会社から取るのが当然とばかりのスタンスです。
「機関投資家とは名ばかりのお客さんがそこにいた」
この株式運用の責任者はこんな調子ですから、自分の頭で運用などしてないことが一目瞭然です。
250万円台をつけたNTT株の第2次放出時になんと言ったか。
「これは国と証券界あげてのプロジェクトだから、下値リスクはない(損することはない)」
それで大量に購入。大損したことは、みなさん、ご存じの通りです。こんなダメ幹部が運用してるなんてバラしていいのかな。他人事ながら、心配です。
また、当時、変額保険の利回りでは利益操作が行われていた、そうです。これは他人のために泥棒を働くに等しいもので、著者は日経新聞の記者に連絡して内部告発するんですね。
住友信託銀行の場合。
一頃、証券会社の損失補填が国会でも大きく取りあげられた時期がありました。山一証券など、これが命取りにもなりました。
ところが、この銀行ではもっとたちの悪いことが行われていたらしいんですね。というのも、証券会社の場合、顧客の損失を穴埋めした資金は証券会社独自の売上から捻出してるんですが、信託銀行の場合は客の預かり資産を使ってしていたらしいから、よっぽどたちが悪い。「ファンドトラスト」という商品を背景にしていたらしいんですが、これも当時、経済誌や新聞に匿名コラムで暴露します。
もちろん、業界内では大騒ぎで犯人捜しが行われます。
著者の銀行でもそうです。というよりも、犯人は著者だとわかったらしく、運用担当役員は全員を集めて、「内部告発者は許せない。通常のビジネスでも、大口ユーザーには割引などがある。補填も経済行為だ」とのたまって非難するんですね。
でも、非難されるべきはこの役員のほうでしょ。
著者は証券会社と同じように、国会で取りあげてもらおうと社会党の代議士にも説明したらしいんですが、その質問が下手で尻切れトンボで終わってしまって盛り上がらないままにパーです。
いずれのケースも、「マーケットを汚すような不正が大嫌い」という筋が通った著者ならではのスタンスが行為の背景にあります。
昨今、防衛庁、外務省、警察庁、そして一連の食品会社のスキャンダルが目白押しですが、今後、「内部告発」は激増するでしょうね。インターネットという便利な手段もありますからね。
ある意味で、これは社内に総会屋を抱えているようなものですから、経営者はそうとう気を引き締めてマネジメントに当たらないとダメですよ。もっとも身近な社員に信頼されてこそ、本物の経営ということなんです。
内部告発が企業の中身を浄化します。
ただ、「水清ければ魚住まず」とも言いますからね、この点は注意しないといけません。
本書は期せずして転職の達人になってしまった著者の自分史です。
ですから、転職のノウハウは下手な本を読むより、これ1冊で足りると思います。自己啓発についても、著者がどうやってスキルを磨いてきたかが透き通って見えますから、便利でしょう。
さて、さて、こんなに転職してきた著者の転職観をラストに一行書いてるんですが、これは同感するなぁ。
えっ、どんなこと書いてるって?
それは読んでからのお楽しみ。
300円高。購入はこちら
2 「40歳にしてわかる『理にかなう』ゴルフ」
中嶋常幸著 講談社 1600円
やっと戻ってきましたねぇ、中嶋常幸。
ホント、長かったと思いますよ。
「01年にようやく調子を取り戻しましたが、実はシーズンが始まる前からそれを予感してました」
「もし、いま、大きなトーナメントに出場して、ウッズと同じ組で回ったとしましょう。この最強選手を前にして、勝つ自信があります」
完全復活です。
で、復活できた理由は?
それを記したのが、本書です。
47歳のルーキー。
これが中嶋がいまの自分を述べた言葉です。すべての秘密がここにあります。
00年、彼は23試合に出場しながら、予選突破は8回のみ。獲得賞金はなんと468万円。これは賞金ランキングでいうと、116位です。
それが01年には、22試合出場して予選落ちは無し。優勝こそなかったものの、5位以内に7回、獲得賞金6838万円はランキング9位の成績です。
そして、02年6月、すなわち先月、とうとう待望のツアー優勝。
「復活というより、誕生という言葉が当てはまる」
たしかにそうかもしれません。
これだけの大不調の原因は?
95年、フジサンケイ・クラシックで優勝したのを最後に、勝利の女神から突き放されてしまいました。
この間、10歳からゴルフ指導していた父親が亡くなります。
このショックは大きかったようですね。完全に歯車が狂うんです。肉体的にも、技術的にも、なんら変化は無いはずなのに、精神的にどんどん落ち込み、自信満々に失っていく。
まさにゴルフはメンタルスポーツですよ。
思えば、72年に18歳で日本アマチユア選手権に優勝し、デビューも華々しく登場してきた人ですものね。
父親ベッタリで指導を受けてきた彼は結婚しても、桐生市の実家で暮らすんですから、どれだけ父親を信奉していたかがわかります。
やがて、この父親の期待に重圧を感じます。そして、遅れてきた反抗期のような状態になって、別居。
やっと、自我に目覚めたってところでしょうか。
彼がクリスチャンだということは、本書ではじめて知りました。
心の重荷を癒すのは、クリスチャンだった奥さんが連れて行ってくれた教会だったらしいね。
「調子のいいときは、ボールを打つ前からはっきりとフォームと軌跡が描けた」
このイメージができなくなります。完全に迷路に落ち込みます。
00年冬、弟子の石渡俊彦が目の前に現れます。ツアープロの後、トレーナーに転進。この人のアドバイスでゴルフを変えるんですね。
「スランプに陥るのは、80%がフィジカル面の問題だ」
彼が作成してくれたメニューにしたがってトレーニングを行う。すっかり硬くなっていた筋肉、関節を柔らかくする。ある日、突然、スイングが変わったことを実感します。
100の方法論より1つの実感。
「そうか、これだったのか・・・」
ゴルフはほかのスポーツと違って、考えている時間のほうが圧倒的に長い。ショットなんて、一瞬ですものね。
スイング以外の時など、瞑想か禅のようなものですよ。
となると、この長い時間をどう癒すか。その方法次第で成績も変わってくるはずです。
「僕にはウイニングショットがない」
むかしはあったんです。パンチショットですね。
25歳の時、千葉の船橋カントリークラブでラウンドしていました。すると、大先輩の宮本留吉(日本オープン6回優勝の記録保持者)が見ていました。
「おまえ、ずいぶん甘っちょろいな。ちょっと、こっち来い!」
はい、とばかりに走っていくと、ここで打てと言う。そこは林の中で、左足のすぐ先には大きな木がある。こんなところでは打てない。
「先生、木に当たりますよ」
「当たらないように振るんだ」
これはインパクトして止めないと当たります。どうしても、彼は止められないから、当たってばかり。
「ダメだなぁ。よし見とけ」
当時、かなりのご高齢にもかかわらず、パーンと打ってみせてくれた。これが見事なパンチショット。もちろん、クラブは完璧に止まっている。
「ターフ(芝)を深くとらんと、木に当たるやろ?」
「はい」
「だからな、草をとるんや、土をとるんや」
「はい」
「金は地面に埋まってるんや、おまえ、賞金、稼ぎたくないんか?」
「いいえ、稼ぎたいです」
「なら、この土を打て」
なるほどなぁ、とつくづく感じたと言います。それから、成績がどんどん伸びていきます。なんと賞金らんく3位、翌年には1位。鰻登りもここに極まれりというところでしょう。
このウイニングショットをすっかり忘れていたんです。
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3 「自分の中に毒を持て」
岡本太郎著 青春出版社 467円
芸術は爆発だぁ、の岡本先生です。
この人の本は何冊か読んだことがありますが、本書がいちばん読みやすいというか、親しみやすい内容か、と思いますね。
しゃべりでまとめてあるからでしょうな。
「人生は積み重ねだ」とだれもが思ってるけど、そうじゃない、ボクは逆に「積み減らし」だと思う。
この意見には同感、同感。目からウロコの一発じゃないかな。
財産も知識も蓄えれば蓄えるほど、かえって、人間は自在さを失ってしまう。過去の堆積物に埋もれて、身動きがとれなくなっちゃうわけですよ。
いま、アメリカでベストセラーなってるのが『成功の復讐』って本なのね。
成功の公式、勝利の方程式ってのがあるけど、それはちょうどその時にたまたまハマッただけで、いつの時代も通じる普遍的なものかどうかは、毎回、きちんと吟味しないといけないよね。
でないと、時代は浮気性だから、あっという間に使い物にならなくなります。
無難な道を取り、みんなと同じ道を行く。これを世間知というわけ。常識のことですな。
でも、それがいかに危険な道でも行きたいならば、行くべきなんですね。
「ボクはいつでも、あれかこれかという場合、これか自分にとってマイナスだなというほうを選ぶようにしてきた」
人間は弱いから、だれだって逃げたがる。頭で考えて、いい方を選ぼうなんて思ってたら、なんだかんだと理由をつけて安全な道を取ってしまうんですね。
でも、考えてみて欲しいのは、いったい、どれが安全で、どれが危険なのかなんて、だれにわかるんでしょうね。
やってみないとわからない。これがホントじゃないのかな。
ならば好きなことをやる。それなら、たとえ失敗したとしても、自分自身で納得がいきますよ。
京都文化会館で3千人の禅僧を前に著者は講演をします。
「道で仏に逢えば、仏を殺せ」と臨剤禅師は言います。これを「悟ったと思った瞬間に、その悟りを壊さないといけない。悟りすますな」とわたしは理解したんですが、著者は違った。
「道で仏に逢えば、と言うが、今日から京都の街角に立って、みなさん、仏に逢えますかる?」
「・・・」
「そうです。仏になど逢えるわけがない。逢えるはずはないんです。ならばいったい、だれに逢うんですか?」
「・・・」
「出逢うのは、己自身ですよ。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ」
すると、猛烈な拍手が来た。
そうかもしれません。
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