2002年06月03日「アンタがやったら、もっと儲かる」「沙?樓綺譚」「勝利者」
1 「アンタがやったら、もっと儲かる」
桂幹人著 講談社 1500円
著者は記帳サービスなどの人材派遣業をベースに、コンサルタント業など11社の企業を経営する人物。
本書は「儲からんのはアンタのせいや」(以前、本欄で紹介)に続く第2弾になります。
著者は元もと、訪問販売でナンバーワンの売上を記録するなど、猛烈な営業マンだったんですね。その後、視力回復センターを全国チェーン展開し、年商100億円になろうかというとき、友人の債権に巻き込まれて倒産のあおりを喰らいます。
で、知人の弁護士から紹介された税理士から懇々と説教を連日受け、「記帳を仕事にしてみいや」といわれ、バーやクラブを詣でてなんとかしのぐ、という生活を経験。
天国と地獄を垣間見た男ですね。
ですから、頭と口先だけでごちゃごちゃいってるコンサルタントが大嫌いなんです。
156戦154勝2敗というのが、コンサルタント業としての彼の戦績です。
イチローより打率が高いでしょ?
当たり前なんです。だって、その会社に乗り込んで再建しちゃうんだもの。こりゃ、強い。
たとえば、儲からないで青息吐息の印刷屋さんには、「自分たちのやってることは製造業だ、という思い込みを捨てなさい」と喝。
印刷業はサービス業、マーケッターとして販促の一役を担うべきなんですね。
するとね、「うちはこんなに安いでっせ」というトークは出てこない。
「こんなチラシのほうが反響ありまっせ」
「いや、もう時代はチラシやおまへんで。こっちでいきまひょう」
てな具合で、提案をいろいろするようになります。つまり、事業ドメインを的確に持つわうに変化を自ら仕掛けていくことが大切なんですね。
脱皮できない蛇は死ぬ、っていうでしょ。
自社ビルを建てた会社の社長はよく新聞の社員募集広告にも「自社ビル保有」と書いてたりします。
でもね、銀行の担当者はどう思うか。
「ずいぶん立派なものを作ったな。儲かってるんだな」と信頼を増すか。
いや増さない。
「こんなもの建てて大丈夫かいな。担保物件としてはありがたいけど、これは要注意だな。少しでも売上下がったら、バランスシートは危ないぞ」と考える。
得意先はどうか。
「いやぁ、立派ですねぇ。こんなビル建てる余裕あるなら、仕入れ原価はもう少し下げられるでしょう」
どっちにしても損するんです。ご注意を・・・。
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2 「沙?樓綺譚」
浅田次郎著 徳間書店 1600円
花鳥堂という刀剣を扱う美術品屋に勤め、いま、物書きをしている「私」が、国立博物館に国宝の刀剣が展示されていると聞いて、閉館間際にやってきます。熱心に見とれていると、声がかかる。
それが徳阿弥談山との久しぶりの出会いになります。
徳阿弥とは世阿弥、観阿弥同様、足利将軍家が芸術振興のために指定した専門集団のことですね。
世阿弥は能楽、能阿弥は絵画・・・徳阿弥は刀剣に関するプロジェクトリーダーです。
さて、「私」はこの談山に連れられて、沙?樓に行くことになります。
ここは砂でできたペントハウスともいうべき、怪しげで朧気な場所。主宰者は世界に数百棟のビルを持つという女装の人物。そして、ここでは各界のトップを極める人間たちが、秘めておきたい事柄をすべてディスクローズして語って聞かせるという催しがされているのです。
「沙高樓にようこそ。今宵もみなさまがご自分の名誉のために、また、ひとつしかないお命のために、あるいは世界の平和と秩序のためにけっして口になさることのできなかった貴重なご経験を・・・」というプレゼンでスタートする綺譚の数々。
忙しいけど、退屈する人にはたまらない時間です。
まずは、刀剣の目利きとして34代、600年の歴史を担う談山は、「折り紙付き」という言葉の語源にもなっているほどの目利きです。談山の徳阿弥のほかに、麻布一の橋家、京都西の洞院家、大阪谷町家の分家がありますが、この目利きたちが束になっても軽く騙されてしまう刀剣が続々と届くのです。
つまり、城とともに焼けたとされる伝説の名刀が「鑑定依頼」さけてくるのです。しかも、一口(ひとふり)だけではありません。続々と名刀が寄せられるのです。
さて、その秘密とは・・・。
精神科の大学教授の綺談、時代劇映画の世界を代表するキャメラマンの綺談。新撰組の映画を撮るとき、必ず、出てくる本格的な浪人。みごとな芝居をし、監督を唸らせます。しかし、どうやら、その男はエキストラではないのです。
100年続く軽井沢の庭園。世界的に知られる名園です。さて、この庭を子どもの頃からずっと守ってきたガーデナーが語る綺談とは。
そして、最後はひょんなことからやくざの大親分になってしまった男。彼が語る運命論とは何か。
あいつがいなけりゃ、今ごろ、どうなっていたかわからない、という恩人もいます。あいつと会わなきゃこんなことにはならなかつた、と一生、後悔するような人もいる。
「人殺し? なぜ、あんた方は人を殺さないで済んだのか?」
「それは運が良かったからじゃないよ。人を殺せるだけの器量がなかっただけのことさ」
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3 「勝利者」
鈴木智之著 万来舎 1500円
この版元、初耳なんだけど、住所が「岩波書店内」とあるところから考えると、ハウスカンパニーなのかなぁ。最近、多いですね。文藝春秋にはネスコがあるし、先日も青春出版社の編集者が来たんだけど、ハウスカンパニーの人だしね。
この業界では、編集制作部門をアウトソーシングするケースは昔から頻繁にあるから不思議じゃないけど、内部に抱え込んで展開する時代になってきたってことなんだね。
さて、著者はビールの瓶詰め、缶詰プラントを販売する超優良企業を経営してる会長さんです。社員数40人。その中には京大のアメリカン・フットボール部の監督である水野彌一さんもいました。
ということで、知る人ぞ知る、アサヒ飲料クラブチャレンジャーズのスペシャルアドバイザーなんですね。関学時代にはクォーターバックとしてならした選手ですよ。4年連続全国制覇ってんですから、半端じゃない強さですね。
ですから、本書はマネジメント書として読んでください。選手、社員をどう育成するか。事業をどう造り上げ、育て上げるか。タイトルの勝利者ってのは、勝負に勝つ。スポーツのゲームでも仕事でもね。そういう意味が込められています。
このアサヒ飲料のチームは長い間、低迷を続けていました。一方、アサヒビール(シルバー・スター)はめちゃくちゃ強いでしょ。
で、1997年、アサヒビールの名誉会長である樋口広太郎さんが「鈴木君、なんとかして、強くしてくれんか」と投げ掛けたひと言からスタートします。
どうやら、樋口さんは鈴木さんに自分に似たものを感じたらしいです。
重大局面を前にしても動じない態度、大胆な決断、先見性、周到な準備と戦略、旺盛な好奇心と人間好き、明るくウソのない人間性、そして尽きることのない情熱・・・。
このチームは元もと、78年に桃山学院大学のOBで結成されたんですね。草野球チームみたいなもんです。活動費は自己負担ですからね。ところが、弱い弱い。アパレルメーカーがスポンサーについたんですが、これもすぐに打ち切り。で、話がアサヒビールに来るんです。
「なら、うちで面倒みるか」ってなもんです。
でも、アサヒビールはすでにチームがありましたから、アサヒ飲料になったわけです。
93年のことでした。
このチームはクラブチームですから、選手の職業はさまざまです。もちろん、アサヒ飲料の社員もいますし、商社マンにテレビマン、飲み屋の経営者、医大生もいるといった具合です。
監督、ヘッドコーチに一流を用意します。しかし、成績が上がらない。いい試合はするけれども、勝てない。勝負所で踏ん張れないわけですよ。
なにしろ、選手層が薄いんですね。強豪大学の選手たちは上位チームに行きますからね。どうしても、無名選手しか入ってこないんです。
「実際にすごい選手を前にすると、ボクら位負けしてしまうんです」
選手の正直な声ですよ。
結果が出ないチームには、人間性に問題がある選手がいるケースが少なくありません。
たとえば、計算ずくで動く人間、責任を回避する人間、協調性のない人間・・・。
でも、このチームにはそんな人間は1人もいなかった。無名選手であってもね。
だから、鈴木さんは現状の選手たちで十分、日本一になれると信じていました。関西一ではありません、日本一ですよ。
「君たちは日本一になれるんや。そのための環境はボクが用意するから、君たちもその気でプレーして欲しい」
スペシャルアドバイザーに就任するや、ミーティングの第一声がこれです。
「低迷するチームを立て直すために、よく『3年計画で強化する』という指導者がいます。ほかにも上位進出、地区優勝、その次は全国大会で一勝とかね。冷静で妥当なやり方に思えます。」しかし、こういう考え方では成果はあがらない。選手に甘えが出るからです。ほんとうはもっと好成績をあげられたかもしれないのに、『今年は目標に近づけたからいいや』と選手が思ってしまう。3年計画とは1、2年で達成できない言い訳を努してしまうものでしかないのです」
結果的に3年で制覇することになりますが、鈴木さんは「3年もかかった」と言います。
では、どんな方法で組織を立て直したのか。
まずリーダーを替えます。ヘッドコーチに京大から藤田智さんを、守備コーチにはなんとNFLのコーチでもあったトム・プラットを招きます。
金?
ありません。
彼らを呼んだ理由?
それはインパクトです。組織の変革にもっとも重要なことはインパクトです。
「あっ、本気だ」と選手一同がはっきりわかるメッセージ。それがインパクトなんですね。
思ったほど成果があがらない組織は、大変革したつもりでも、実は小変革に過ぎなかったのです。トップを替えたところで、だれにも予想がつく程度のレベルなんです。
これじゃあね。
「収まるところに収まったな。こんなことでどれだけ変わるのか」と懐疑的では効果はありませんよ。
目に見える実績はそれだけでインパクトがあるんです
NFLは世界最高のフットボールチームが集まってます。そのコーチでもあるトムがどんな指導をするか。
まず、対話です。選手とディスカッションをする。良いとも悪いとも言わない。まずは1度やらせてみる。そして軌道修正していくんです。
一流のコーチは独自の方法論を持っています。けど、押しつけないんですね。チームのカラーに応じて微調整するんですね。それだけ柔軟性があるんです。
彼が出した結論は、こういうこと。
実力があるのに成果が伴わない。どうしても目先のプレーにこだわってしまう。意識はしてなくとも、「自分たちの実力はこんなものだ」と規定してしまう気持ちが心のどこかにある。自分で壁を作ってしまい、それを突き破れない。
ならば、この壁を突き抜けたところで指導しよう。これが彼の結論でした。
そして、選手を大人として扱い、それぞれのフットボール観を尊重し、意見交換しながら指導するわけです。
このことに選手は感激します。
とうとう万年最下位チームが日本一になります。
2001年1月3日(東京ドーム)のことでした。いま、2連覇中ですよ。
まさにプロジェクトX。そのうち、NHKで放送されると思うよ。
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