2002年02月11日「乞食の子」「ワレ 抵抗勢力ト 言ワレドモ・・・」「僕が、落語を変える。」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「乞食の子」
 頼 東進著 小学館 1500円

 人口2000万人の台湾で、なんと100万部を売ったベストセラーです。
 著者は昨年、台湾を代表する「10人の青年」にも選ばれた傑物です。

 でもね、いやはや参りました。
 なんてたって、250頁の半分が第一章なんですが、これ全編、乞食時代の悲惨な生活が面々と綴られてるんですね。ラストのほんの数ページを除くと、こんな乞食生活でした、こうしていじめられてきました、という文章が延々と続きます。
 まったく滅入ってきます。悲惨だなぁ。悲しくなるなぁ。不条理を感じるなぁ。
 なぜって、著者はわたしとほとんど同い年だからです。

 著者は台湾は台中で生まれます。
 父親は盲人の乞食、母親は重度の知的障害者。姉一人、知的障害をもった弟一人、妹二人。それから何人か生まれますが、死産だったり、栄養失調ですぐに亡くなったりしてるんですね。
 ほら、もう滅入ってきたでしょ?
 この大人数で、しかも父親は目が見えない、母親と弟は放っておくとどこに行くかわからないから、みんなで鎖をつけたまま旅をするんですよ。ちょっと想像してみてください。鎖をじゃらじゃらつけて、手を繋いだ乞食家族の集団を。
 異様でしょ。だから、どこに行っても人が集まってきます。悪口や嘲笑ではやし立てるのは当たり前、石を投げられたり、パチンコの的になったり・・・。なんか、『砂の器』ですよ、まったく。
 でもね、父親は反抗を許さないんです。
 「こうやって集まってもらえるから、お恵みが頂ける」

 「わたしにとって、プライドという言葉は本の中に出てくるもの。それでしかありませんでしたよ」
 重たい言葉ですね。
 頭の中で洒落た言葉、哲学ぶった言葉、真理めいた言葉をこねくり回してる人間には、逆立ちしても出てこない一言です。

 著者が10歳のとき、ある奇特な老人からお金を恵まれます。そのとき、この老人が父子に「こんなことしていて、子どもの将来はどうする? 勉強すれば、偉くなれるんだぞ」と叱るんですね。
 ホントは学校に行きたいですよ。
 でもね、生まれたときから乞食なんです。戸籍もないんです。学校になんかいけないんです。プロの乞食なんですから。「エサ」を求めて旅してるんですから。けど、父親はなにか閃くところがあったのか、定住を決めます。
 ここで10歳にして、はじめて小学校に入学します。もちろん、迫害、いじめの毎日だったけれどもね。

 どうして、学校に入れたか。
 姉を遊郭に売るんですよ。
 その金で家を借り、学校に入れたんです。姉も承知の上です。
 乞食から足を洗うことはできません。学校から帰ってくると父子でまた乞食をするんです。プロなんですから。
 字は読めません。
 でも、努力します。先生もいい人でした。成績はグングン良くなります。高校までずっと一番でした。
 で、アルバイト先のメーカーにそのまま就職し、いま、工場長です。

 こんな境遇ですから、結婚するとき、奥さんの実家は大反対。
 「乞食と縁続きなんかになりたくない!」
 そうでしょうよ。
 でも、子どもの頃から成績が良いから、山のようになった表彰状を見ると、親戚はいい婿だと祝ってくれるんですね。
 奥さんも母親や弟をきちんと世話してくれます。

 これ、実話ですけど、「知ってるつもり」には無理だろうね。
 放送禁止用語のオンパレードだもの。もっと評判になっていい本ですけど、まっ、日本では無理でしょう。

 お姉さんはマリア様か観音様の生まれ変わりなんだね、きっと。
 180円高。


2 「ワレ 抵抗勢力ト 言ワレドモ・・・」
 荒井広幸著 情報センター出版局 1500円

 著者は43歳の自民党衆議院議員。渡部恒三元衆議院議長の秘書、福島県会議員を経て現職です。
 自民党がテレビCMで、X−JAPANの「フォーエバー・ラブ」をBGMに流したのがありましたね。「古い自民党を壊したい」っていうコピーの奴。あのときの党広報局長だった人です。

 著者は小泉さんの構造改革路線とまっこうから対立してます。
 「郵政三事業徹底維持派」を自認する「抵抗勢力」ですが、鈴木宗男さんに代表されるような抵抗勢力とは、ちょっとニュアンスが異なるというか、対極にあるタイプだと思いますよ。

 「古い自民党を壊したい」というセリフは青木参院幹事長にもバカ受けだったらしいね。
 小泉さんは党内から大反対の合唱が起こるモノとばかり思っていたのに、すんなり通っちゃった。
 「みんな自分が古い自民党だってことに気づいてないのか、あるいは、あんまりいいセリフなんで感動しちゃったんじゃないですか?」
 「そうかな」といいつつ、その顔はしてやったりという小泉さん。
 見事に好感度調査CMでベスト8位に入りました。

 この人、ここまで来るのに大変な苦労をしてますね。
 いま、二世、三世議員が跋扈する永田町ですが、著者は政治家の家系に育ったわけではありません。
 父親は郵便局の電報係。母親は郵便局の二階に併設された電話交換所の交換手。ゴクゴクふつうの庶民出身の政治家ですね。鈴木宗男さんのように、「貧農で馬を売って学費を・・・」というようなお涙頂戴タイプとは違う。まったく普通の家庭の普通の子どもでした。
 でも、小学校のときから政治家になりたい、なりたい、という夢だけは持ってました。だから、ずっと生徒会長をやってるんですね。大学も早稲田の雄弁会幹事長でした。
 で、学生時代に書生にさせてください、と郷里の政治家でもある渡部恒三さんのところを訪問します。選挙活動の下準備やら何やら、秘書めいた仕事をここで覚えるわけですね。
 それから、渡部さんの紹介で徳永参院議長の秘書になります。
 秘書の仕事をしながら、地元に帰って政治活動をするんですね。
 
 で、自民党の現職県会議員が病気で倒れたあとに、出馬するんですが、著者は無所属。なぜか。
 渡部恒三さんの秘書が自民党公認を取ったからですね。
 政治家の世界は一寸先は闇ですな。
 ところが、自民党公認が2人で食い合いをしたんでしょうね、著者が当選してしまうんです。
 その後、東京で県議の若手と祝杯をあげる会があるから行くと、その主催者はなんと渡部恒三さん。
 「荒井君、よく頑張ったなぁ。おめでとう」
 と渡部さんがビールを注ごうとする。それでムカッときたんでしょうね。
 「いただくわけにはまいりません。いずれ、わたしは衆院選に出馬するつもりです」
 宣戦布告してしまうんです。
 
 でもね、現実は厳しいですよ。
 せっかく当選した県会議員の椅子を振って、衆院選にチャレンジするんですが、NHKの開票速報でいきなり「荒井・・・0票」と全国放送される始末。
 「おまえ、ホントに立候補してるのか」
 東京の親戚からは電話で確認が入ります。だって、0票なんだもの。すでに伊東正義さんには当確がついてるのにねぇ。
 仕方ありません、彼らの地盤なんですからね。
 
 翌日から、その地盤のところで辻説法をスタートします。
 聞く人なんかいませんよ。でも、続けるんですね。雪が降っても続けていると、窓を開けて聞いてくれる人が出てきます。
 こうやって、一人ずつ味方につけていくんですね。

 しかし、平成5年度の選挙はもっと厳しいモノでした。
 というのも、著者にとってはあとがない、金がない、最後のチャンスみたいなものですよ。ところが、ライバルは6歳年下の県議。しかも、父親、母親とも町長の家系で、岳父は県知事ですよ。
 つまり、県知事が娘婿を担いで衆院選に出させたんでしょう。民主党らしいけど、こんなのは嫌だねぇ。県議選では、渡部さんの秘書になんとか競り勝ったものの、今度は・・・。
 幸いしたのは、まだ五人区だったことですね。滑り込みで当選です。

 彼は両親が郵便局で働いていたんで、現場のことをよく知ってます。そこで、「この職場は構造改革の対象になるようなものではない」と確信をもってるわけですよ。
 なぜか。
 いろんなことを言ってますが、整理すると次のようなことになります。
1同じ金融機関のなか、銀行員と郵便局員との給料の差を見て欲しい。
 郵便局員40歳の年収680万円、銀行員は35歳で800万円。36兆円もの税金を突っ込んでる銀行員の給料が、なぜ、国から一銭の補助金という税金をもらわない、無借金経営の郵便局員より多いのか。
 銀行員はバブルで大盤振る舞いし、運用に失敗したり、取引先を破綻させても、なんにも責任を負わずに、膨大な退職金をもらっているではないか!(たしかに)
2郵政三事業民営化でだれが得をするのか? 国民ではない!
 たしかに得するのは、宅配業者と銀行、あと保険業界でしょ。郵便局は貯金6割、保険2割、郵便2割のわりあいで仕事してます。このすべてを経費を共有しているから経費比率は低い。
 かといって、丼勘定ではありません。貯金で儲かったものは貯金利息して還元する。銀行と違って公的資金を受けるわけではなく、みずから積み立てていく。
 郵貯一件当たりの平均残高は300万円ですが、これは満額の1000万円までかなりありますね。それに生保は逆ざやでたいへん苦しい。簡保から乗り換えてくれれば、ウハウハですわな。参考までに、宅配、銀行、生保の有権者数は100万人です。対する郵政関係者は30万人。わかりますね。
 「金融ビッグバン」で銀行、証券、生保などの垣根がなくなりました。けど、郵政はすでに何年も垣根を取っ払ってやってきたわけです。もし民営化したら、すべては採算ベースで動きますから、郵貯銀行ができたら、総資産240兆円(東京三菱の3倍ですよ)の世界最大のメガバンクになります。商圏、顧客がかぶる信用組合、信用金庫は倒産必至じゃないかな。
3郵政三事業には国の補助金は一銭も入っていない。
 現在、銀行のない市町村が2割あるが、そんな辺鄙な田舎にも郵便局はある。しかし、民営化したら、すぐに逃げ出すだろうね。銀行が出店しないようなところに、どうして出す価値があるのよ? 赤字覚悟でビジネスやるバカがどこいるのよ? 株主から訴訟が起こされるだろうが・・・。
4郵便局は赤字ではない。
 郵便と貯金は3年連続赤字ですが、累計で見ると膨大な黒字。平成14年度からは単年度手も黒字転換します。簡保も同様です。
5郵便局は税金を納めていないけれども、定期刊行物、盲人向けの政策低料金を撤廃するだけで1500億円も増収になるんです。これをするか? 民間ならするでしょうね。だって、不公平だもの。
6ヤマト運輸の配達料は1日250万戸ですが、郵便局は3000万戸。この数字は日本の全戸数の55パーセントにあたります。カバーしているエリアが全然違うとのこと。しかも、道路の陥没、ガードレールの損壊などの情報もすべて市町村役場にフィードバックしているんですね。
7銀行の時間外ATM手数料はなぜかどこもかしこも105円ですね。この手数料収入は銀行の収益の1割を占める超安定収入基盤なんです。でも、不思議でしょ? ビッグバンやってるのに、どうしてみんな一律なんだろうね。
 シティバンクなんか、預金量によっては手数料無しだもんね。どうして、そうならないのかな。郵便局は0円ですよ。
8国家公務員は現在、200万人いますね。郵便局員が民営化されれば、30万人減ります。でも、この郵便局員の給料って税金で賄っているんじゃないんですね。
 これ、驚きでしょ?
 郵便局は人件費も自前で回してるんですよ。
 地方公務員の数は500万人います。道理で自治労が強いわけですよ。
 国は防衛、義務教育。だから、市町村の先生の給料は国と市町村との折半、県立高校の先生の場合は国と県との折半なわけ。

 さてさて、いま、国民にいちばんわかりやすい図式は「民−企業努力をする良い人たち」「官−税金をたべ既得権に群がる悪者」というものです。「真紀子さん、良いもの」「宗男さん、悪者」と同じです(ちょっと違うか)。
 財政投融資を勝手に引き出してバンバン使うのは「特殊法人」。この特殊法人がガンなわけで、財政投融資が悪いわけではない。
 じゃ、この特殊法人の予算を決めるのはだれか?
 国会なんですね。つまり、国会議員がバンバン無駄遣いさせてきたわけですよ。やっぱり、いつの時代も上に立っている人間のレベルで決まりますね。
 日本がおかしくなるのは、国民が悪くしているのではありませんね。上に立つ人のレベルが落ちてきているからでしょう。
 国を変える、もっと良くすると考えるなら、伝家の宝刀である投票権で意思を表明するしかありません。

 150円高。


3 「僕が、落語を変える。」
 柳家花緑著 新潮社 1300円

 著者は戦後最年少で真打ちになった人で、馬でいえば、サラブレッド中のサラブレッドってことになりましょうか。
 というのも、この人、柳家小さん師匠のお孫さんなんです。

 なんつったって、小さん師匠は人間国宝なんすから。
 正式には「重要無形文化財保持者」っていうんです。このまま戒名に使えるほど、ありがたい。もう90歳になろうかという人ですが、最近はお客さんの様子も「落語を聞く」というより「国宝を見にくる」と変わったそうです。
 だから、いま、木戸銭ではなく拝観料を徴収してるそうですよ(ウソです、本気にしないでください)。

 でもね、サラブレッドにも辛いところがあるんです。
 いつだって「おまえはいいなぁ」「特別扱いだから」「下積みなんて経験ないだろ?」という周囲の声。
 しかし、考えてみるといいですよ。親父が偉大な創業社長。まだ元気でバリバリしてる。その孫が同じ会社に入ってきた。そのときのプレッシャー。
 とくに芸人は芸が受けてナンボの世界でしょ。ついも名人と比較されて、「あいつぁ、ダメだ」。
 当たり前ですよ。片や人間国宝なんですから。比べる方が無理なの!
 でも、周囲は比べたがる。
 「先代はいまのおまえの頃には・・・」ってね。
 そんなこといわれても、全然、平チャラというなら、これはよっぽどの大物か・・・ホントのバカ。たいていは、このプレッシャーに潰されてしまいます。
 前座の頃はわかりません。でもね、二つ目、真打ちと昇進してくる頃には力がそこそこついてきますから、自分と先代との違いも先も見えてきます。
 「オレは逆立ちしたって、かなわねぇや」
 それで酒に溺れたり、神経がおかしくなったりするんですね。

 著者も18歳、二つ目のときに自殺願望に取り憑かれます。でも、そのとき浮かんでくるのは母親じゃなかった。いつも師匠だったそうですよ。
 そのとき、「おまえ、最近、落語との距離が雑じゃないのか?」って静かな口調で言ってくれる人がいました。これはありがたいですね。
 それが小三治さんです(彼の本は二冊も本欄で紹介してます)。ずばり、態度から見抜かれてしまっていたわけです。
 「小さんていってもなぁ、おまえにとっちゃ、たんなる祖父さんでもあるだろ? 嫌ならやめるっていう手もあるぞ」
 これで気が楽になるんです。スーッと死に神が離れていきます。

 小三治さんて人は面白い人です。
 著者が真打ちになるとき、「いよいよ、きたなぁ。おまえ、真打ち昇進と同時に小さんを襲名しちゃえ。師匠には別の名前でやってもらうから」
 これがシャレじゃないんです。本気なんですね。それだけは勘弁してください、と真顔で頼んだらしいです。
 でも、わたしもそれがいいんじゃないか、と思うんですよ。
 この小さん師匠が「小さん」を大名跡にしたんです。それまで、いろんな小さんがいたんですよ。小さんという大名跡に潰されるか、それともバネにしてドンとジャンプできるか。どうせ継ぐなら早いほうがいい。
 死んでから継ぐなんてのは遅いと思いませんか?

 著者は小さんの娘さんとサラリーマンの父親との間に生まれたんですね。
 両親はじき離婚するんですが、母親の意向で兄貴はバレリーナ、弟である著者は落語家。こう路線を敷かれてしまいます。
 本人も子どもの頃から落語家になるつもりでした。だから、勉強なんぞしたことがない。主要五科目の成績はいつも1ばっかり。で、中卒で入門します。
 お祖父さんが小さん。母親の弟、つまり著者から見ると叔父さんが三語桜さん。

 ところで、いま、落語家が何人いるか知ってますか?
 東京400人、大阪100人てとこでしょうか。
 この数字、多いでしょうか、少ないでしょうか?

 漫才で有名な吉本興業ですけど、あそこは500人(組)いますが、いま会長やってる中邨秀雄さんに聞いたら、「正式に契約してるのはほんのわずか。ほとんどの漫才師はそのとき限り」らしいです。だから、この数字は「吉本所属」と自分たちで宣伝してもいい、というレベルなんでしょう。
 500人もの落語家のうち、真打ちが200人もいるんですよ。石を投げれば、当たりますよ。
 「ボクァ、笑点に出てる人しか知らないよ」という人は少なくないでしょ?
 いずれにしても、「へっ、こんなにいるの?」と思いませんか。

 昭和48年に、春秋、それぞれ10人ずつ真打ちに昇進させるという規則ができました。入門してから12〜15年くらいで、という目処があった。
 でも、実力もない人間に真打ちなんて昇進させたくない。こう思う師匠がいてもおかしくない。
 そこで、落語協会と落語芸術協会へと分裂騒ぎが起きます。その後、立川談志門下の実力ある二つ目が真打ち試験に落ちて、三平門下の弟子が真打ちになったことに怒った談志が脱退して、立川流を旗揚げします。
 真打ち認定試験はいろいろ問題があって、実力ナンバーワンと言われた古今亭志ん八が落ちた。で、落語会のスーパースター林家三平さんの遺児であるこぶ平が通った。
 「志ん八兄(あに)さんが落ちるなら、わたしなど、とても試験は受けられない」と二つ目以下の落語家に衝撃を与えます。それどころか、席亭のみなさんからも非難囂々。で、すぐに廃止になっちゃうわけ。
 人が人の芸を評価するむずかしさがそこにはありますね。

 お客がすべて評価すればいいんです。
 真打ちだって、つまらねぇ落語しかできねぇのはたくさんいますよ。
 二つ目だって、ものすごく面白い人間だっています。
 むかし、三平師匠がまだ二つ目だった頃、トリを務める真打ちがみんな嫌がった。なぜかってぇと、三平師匠が終わるとみんな帰っちまうからです。それも噺をしてる最中にゾロゾロ・・・。これは嫌だよ。
 そこで、三平師匠が出るときは真打ちを先に出す。そして二つ目の三平師匠がトリを務めたんです。
 これでいいんですよ、芸ってのは。
 年功序列を客に押しつけるんじゃねぇっての。

 いま、落語界は悲惨ですね。正月を除けば、席亭はどこもガラガラだもの。
 これは仕方がないと思うんですね。
 世の中にはいろんなエンタテイメントがありますもの。
 それとね、やっぱりスーパースターがいない世界は凋落しますよ。どんな世界でも東と西の横綱といわれる人がドンと睨みをきかし、そのほかに横綱を狙って日夜、精進してる大関級の人が何人もいる。
 こういうスターがごろごろいなければ、業界は廃れていくんですよ。
 落語家の名前、何人知ってますか? 能や狂言は? 野村萬斎くらいしか知らんでしょうが。クラシック界ではどうでしょうか。いまだに、世界のオザワでしょう?
 野球界は? イチロー、松井、松坂、上原・・・これでも、長嶋茂雄が出てきたら吹っ飛んじゃうでしょ?
 プロレス?
 いまだにアントニオ猪木ですよ。もう、カリスマ。
 だから、ダメなんです。

 さて、著者も弟子を取るんですね。
 それが柳家初花(しょっぱな)といって早大文学部に通う学生落語家です。
 彼は入門と同時に大学を辞める予定だったんですが、父親から、「大学を途中で投げ出すような奴は落語家の修業も途中で投げ出すに違いない」という一言で、卒業まで頑張るんです。著者も大賛成でした。
 ふつう、弟子というものは朝八時なら八時に来て、師匠の身の回りの世話をするのが常識です。でも、狭いマンションに一人住まいの著者にとって、こんなことされたらかなわない。だから、免除。
 掃除? それも不要。
 「そんなにやりたきゃ、実家でやりなさい」
 でっ、実家でしてたそうです。
 まっ、こんな具合だから、周囲からも、「おまえの師匠はいいなぁ」とこれまた周囲からやっかまれる始末。師匠、弟子ともにやっかまれてばかり。
 でもね、「やっかむ」より「やっかまれる」立場にいたほうが勝ちですよね。

 落語家の適性なんてあるんでしょうか?
 「オレはこんなことができる、っていうウリがあれば、ぜひ落語界に入ってきて欲しいですね。それを芸に活かせばいいんです。人前に出るのは苦手だけど、落語が好きだからこの世界に入ったという人は少なくありません。向き不向きというより、落語が好きかどうかでしょうね」
 チャンピオンになれるかどうかは別ですけど、好きなら生きていけます。修業、創意工夫が楽しみに変わるからね。
 150円高。