2002年01月14日「まずは社長がやめなさい」「塗師屋のたわごと」「視聴率200%男」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「まずは社長がやめなさい」
 丹羽宇一郎・伊丹能之著 日本経済新聞社 四谷ラウンド 1400円

 何と半年もの間、ずっと机に載ってました。
 講談社の編集者が写真を取りに来るんで片づけていたら、下の方にありました。参ったね。
 丹羽さんは伊藤忠商事の社長さん。伊丹さんは学校の先生。
 丹羽さんは業績が奮わなかった伊藤忠の社長になるや、黒字になるまで給料返上で働いた人ですよ。 一昨年、株価がガダッと下がりましたけど、この人の決意を聞いたとき、「伊藤忠は蘇るな。リストラしても立ち直るな」と確信しましたもの。
 もう黒字転換したのに、いまだに電車通勤なんだから大したもんです。

 「横並び、小さな平和に安住するからダメになったんだ」
 「いつでもチェックできるように指標を明確にしておけ。ROEはどうだ。ROAはどうか。EVAで見るとどうなのか。キャッシュフローはどうだろう。すべての物事は定性だけではダメだ。定量でいけ」
 たとえば、インドネシアに投融資する際、部下は定量化は難しいと言ってきます。でも、彼は「一定の条件を付けて定量化しろ」と厳命するんですね。
 こうやって把握しないと、マネジメントは成立しません。人間はバカだから、同じ失敗を繰り返す。もっと科学的にアプローチを経営に導入すべきだ、というんです。

 「日本語は曖昧だから、経営は英語でやったほうがいいくらいだ」
 そりゃあ、そうですよ。日本語の特徴は主語と目的語が曖昧だもの。それでお互いがわかったつもりになっている。そこで失敗しちゃうんですね。
 英語はその点、主語がないのは命令形だけですし、目的語はしかとありますよ。
 「よろしくお願いします」
 いったい、なにをよろしくだ、ということですよ。英語だと、シンプルに表現するしかないから、ものすごくわかりやすくなりますよね。とくに英語が流暢でなければなおさらですよ。
 
 「エリートと背中に書いたエリートはダメ」

 「サラリーマンは最初の上司2人で人生が決まる」
 社会人として、さまざまな躾や癖のようなものが、上司を見ることによって躾られるんですよ。最初の上司が悪いと、ヘタにゴルフを覚えた人みたいにその後で癖を捕るのにたいへんなわけですよ。
 みのもんたが司会してる「愛の貧乏脱出大作戦」というテレビ番組でも、みんながみんな、基礎ができてないわけ。「寿司職人20年」「たこ焼き15年」「蕎麦職人20年」とキャリアはあるけれども、それがみんな基礎ができてない。最初の修業をきちんとクリアできてないから、料理が全部ダメなんです。
 「これは最初の親方に恵まれなかったんだな。指導することをサボったんだな」
 わたしはつくづく彼らの不幸を思います。

 「株主と社員とどちらが大事か?」
 こんなアホな質問はありません。でも、これを外国人記者は聞きたがる。何ででしょうかね。
 企業というのは、金を投資してくれる人、その資金でビジネスを指示する人、そしてうまく軌道に乗せるべく現場で仕事する人。この三位一体が大事じゃないですか。
 ITバブルのとき、「時価総額を少しでも上げることが重要だ」という企業がたくさんありました。これはM&Aをされないためにも必要な戦術ではありますが、株主ばかりに貢献したところで、株価が高くなったらすぐに売り払うことしか考えてない「刹那の株主」を重要視して、経営の本質を曲げることはありませんよ。
 株主は株主で、どれくらい会社に貢献している株主なのか。1年間保有してるのか、10年間保有してるのか、親の代から保有してるのか。それに税制で優遇されるシステムがもっともっと必要でしょう。
 250円高。


2 「塗師屋のたわごと」

 山本英明著 角川書店 571円

 塗師屋って知ってますか?
 漆(うるし)で、お椀や食器などを作る仕事ですね。著者は越前は福井県鯖江市で生まれ育った3代目漆職人です。もちろん、内閣総理大臣賞などをたくさん受賞している名人です。

 そのこだわりたるや、たいへんなものです。この本ではインタビューに対する「語り」でまとめられてますが、これだけでも「かなり個性的な人物」ですよ。
 たとえば、「もし、あんたが一仕事買うてくれるんなら、言うことも聞くけど、ものを買いも使いもせん奴が威張って人に指図するな」だって。だから、偉い先生のアドバイスなど聞かないんです。けど、お客さんの言うことはきちんと聞くというスタンスですね。
 父親が死んだときにも、「よく死んでくれた。もう、親父の時代はとうの昔に終わってる(これには親戚からも物議を醸したようです)」
 「困ったらギブアップしろ。年寄りでも立ってられないなら、すみません席を替わってくださいと言え。年寄りだって元気な人間はたくさんいる。シルバーシートなど、ふざけんな」
 「小さな会社を差配できない人間がどうして大きな会社を建て直すことが出来るんや。よけいダメになるだけだ。結局は粉飾決算しかしないだろう。いまの世の中で偉いと言われる人間にはそんな奴ばかりが目立つ。こんな詐欺師みたいな奴らは総取っ替えすべきなんだよ」
 いやはや、勇ましいのです。 

 江戸弁当ってのがあります。二段重ねの什器ですね。下に大きい「ご飯入れ」、上には小さい「おかず入れ」が普通です(というよりも、職人はそのつもりで作ってるんです)。
 ところが、東京に出張したとき、たまたま料理屋に入ると、これがまったく逆になって出てきた。

 さて、どう感じたか?
 このときの行動というか、判断は2種類ありますね。
 「だから、東京ってのは偉大なる田舎者だっていうんだよ。伝統ってものをからっきしわかっちゃいねぇや。カッコばかりにとらわれやがって。このスットコドッコイ(なぜか、江戸弁)」と思う人。
 もう一つは次のようなタイプ。
 「なるほどなぁ。もう時代はそうなってるんやなぁ。器の使い方はお客さんが決めるんや。いくら、わしらがこれが正しいと言うても、現実はお客さんが決めはるんや。こら、目からウロコが落ちたわ(なぜか関西弁)」

 で、著者は後者に感じたわけです。そして、親父さんに「江戸弁当は形を変えた方がええ」とアピールします。これが40年前のことでした。
 もちろん、先代でもある親父さんはクビを縦には振りません。
 「バカみたいなこと言ってると、人に笑われるぞ。ええか、塗師屋は八寸の丸盆、江戸弁当、宗和膳の3つが作れれば、ご飯の食いはぐれがないんでの。余計なことは考えたらあかんで」
 2人の考えはどんどん開いていきます。

 20歳のとき、著者の漆技術はものすごくレベルが高く、見ると漆なのか、プラスティックなのかわからないくらいです。
 ところが、これだけ高い技術で作った品物でも、お客さんは「すごいですねぇ」と誉めてはくれるが、「欲しいなぁ」とは言ってくれない。
 ここは大事ですねぇ。職人は芸術家ではいけませんよ。
 「ぜひ、売って欲しい」「注文したい」と言われなくては、ダメじゃないですか。
 勘違いしてはいけないんです。
 品物を買ってくれる人は素人です。素人は技術を買っているわけではありません。技術の行き着いた先が「プラスティックもどき」ですよ。こんなものはいらないんです。
 「これは難しい技術で作ったんです。だから、買ってください」
 これは通用しませんよ。
 
 素人が好きになってくれる品物でなければ売れないんです。審査員や問屋がいくら喜んでもダメなんです。
 プラスティックみたいな商品は化学メーカーに任せておけばいいんです。

 「このままでまずい」
 著者は危機感を持ちます。
 漆器は1個3000円くらいでないと売れない、という発想が支配的でした。だから、どこかで手を抜いて差額分を利益にする。じゃ、どこに手を抜けばいいんだろうか。
 こういう考えが支配的だったんですね。
 だから、粗悪品が出回るわけですよ。

 あるとき、展示会で1500〜2000の注文が来ます。ところが、そんなに作れませんから断った。すると、展示会の主催者は勝手に受けて、勝手に作って納品してしまった。ところが、中には目利きがいる。
 そこで、著者のところに打ち直してくれという依頼が来ます。
 「買ったところに持っていってくれ」

 職人が真っ当なものを作ろうとすれば、やっぱりお金がかかるんです。
 で、彼は1万3000円という値段を付けて売ることに決めるんです。これにも父親は大反対。でも、すべてはお客さんが決めると言い張って断行するんですね。
 そればかりか、全国の塗師屋を訪ね歩いて、自分の考え方をぶつけます。
 結果的には、大なり小なり、父親と同じだったそうですよ。でも、これはたいへん勉強になった、と言います。

 著者は漆器のギャラリーに頼み込んで自分の商品を置いてもらいます。
 「値段は高いけれども、こういう考えで作ったんや。一度、使ってみてくれませんか」というメッセージを添えてです。すると、お客さんからだんだん手紙が届くんですね。
 「このお椀は水切りもよくて、洗うのが便利」
 漆の食器は使いやすいんです。手にもよく馴染むし、熱い汁でも漆椀だと平気です。しかも洗いやすいんです。すぐに剥げちゃうのは、品質が悪い証拠。
 取り扱いにうるさい商品はニセモノです。下仕事に手を抜いてるから、しょっちゅう使ってるとばれてしまうから冠婚葬祭のときしか使わせない。ホンモノは使えば使うほど味が出てくる。底光りしてくるんですよ。
 道具とはそういうものです。

 さて、事件が起こります。
 盛器として作ったお盆を取材に来た女性記者が見るなり、「素敵なお盆ですね。これ、紅茶盆として使いたいわ」
 「それ、なんですか?」
 「ケーキと紅茶を一緒に乗せて出せるようなお盆ですよ。これ、紅茶盆として紹介していいですか?」
 で、これがベストセラーになっちゃうんです。

 250円高。


3 「視聴率200%男」
 安達元一著 680円 光文社

 「ガキの使いやあらへんで」「SMAP×SMAP」「ぐるナイ」「伊東家の食卓」・・・といった高視聴率番組がありますが、この番組を企画し、そして放送用の台本を書いている人。それがこの著者です。
 こういう仕事を「放送作家」って言うんですね。古くは永六輔さんとか前田武彦さん、それにいまやセンセイとなった大橋巨泉さんに亡くなった景山民夫さんといった人がいますね。そうそう、東京都知事だった青島さんも放送作家でしたね。

 この人の自慢は「バラエティタレント国士無双」をあがった、ということがあります。
 国士無双というのは麻雀の役満(最高の役ということ)のこと。
 つまり、バラエティ部門のタレントで大御所と呼ばれるタモリ、たけし、さんま、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、とんねるず、ナイナイ、SMAPの番組を担当してるわけです。
 で、いま、彼の番組のすべての視聴率を足すと200%(週間)になるんです。そのまんま、タイトルにしちゃったわけですな。

 さて、放送作家の仕事について具体的に見ていきましょう。
 たとえば、プロデューサーやディレクターに呼ばれて会議に出る。
 「今度、情報系の番組をやりたいんだけどなぁ・・・」という発言があった。
 このとき、実は彼らの頭の中にはすで4〜5パターンは持ってるはずなんです。
 放送作家たるもの、10〜20くらいはひねり出せないとお呼びがかからなくなります。

 「ダイエットや健康ブームだから、健康クイズ番組にしよう」
 「いままでないものをしましょうよ。歴史は案外、穴場です。歴史上の偉人がなんでそんなことをしたのか。教科書に載ってない歴史クイズをやりましょう」
 「いや、まじめな情報は受けないから、実験クイズにしましょう」
 「やっぱり、子供。子供の素朴な笑っちゃう行動をウォッチングして、それをクイズにしましょう」
 「スタジオではおもしろくありません。マラソンしながら、クイズに答えてもらいましょう」
 「クイズに答えがあることが呪縛だ。前代未聞。答えないクイズ番組にしよう」
 こんな風に、いいにつけ、悪いにつけ、とにかく多くのアイデアを出す。そうやって、会議でメンバーの企画の幅を広げてやるというのも仕事の一つです。
 「13年間のキャリアのなかで580本の企画書を書いた」と言います。このすべてが実現したわけではありません。ものになったのは、「30〜40程度」です。打率5パーセントですよ。でも、この数字は驚異的に高いんです。放送作家業界のイチローなんですよ。だから、こんな本まで書けるんです。
 もちろん、業界用語でいうところの「1翻あげる(なぜか麻雀用語の多い業界だなぁ)」ことは大切ですよ。これはもう一ひねり、もうワンランク上げるという意味ですね。

 いずれにしても、要諦はアイデアに最初から完成を求めてはいけない。アイデアは山のようなくだらない、使えないもののなかから、どんどん絞られていって最終的に使えるものが生まれる、てなことですね。

 ところが、世の中には人の意見にチャチャを入れる奴が少なくありませんね。
 「それは実現しないね」
 「そんなことできるわけないだろう」
 「つまんねぇの」
 こういうタイプが1人でもいると、議論はどんどん尻すぼみになります。最後はみんなして腕組みして、「ウーン」。
 どうしてそうなるか?
 それは人の意見を否定するからですよ。オズボーンのブレーンストーミングでは「否定しない」が原理原則でしょ。否定しないで、それいいね。おもしろいね、とどんどん乗せて、乗せられ、アイデアを積んでいくわけです。

 たとえば、GEの製品開発会議でのこと。
 「トースターってのは、使わないでしまっておくと、ネズミが寄ってくるでしょ。ネズミには参っちゃいますから、ネズミ捕り付きのトースターってのはどうでしょ?」
 「アホか、おまえは。もっと、真面目に考えろ。このタコ!」
 それを言っちゃおしまいよ、ですな。
 このとき、否定しないで、こう言ったらどうですかね。
 「ネズミがなんで寄ってくるんだろう?」
 「そりゃあ、パンくずが残ってるからですよ。あっそうか。じゃ、パンくずの溜まらないトースターを作りましょうよ」
 「それ、それ、それだよ」
 で、GEではこのトースターが大ヒット商品になるんですね。

 放送作家にもいろんなタイプがいると思いますが、彼の場合は身をもっていろんな実験をしてみるタイプですね。とくに、その実験というのはユニークで人がやらないことをする。こういう感じです。
 たとえば、自動車免許。書き換えを失念して失効してしまいました。さて、そのとき、どうしたか。
 普通は教習所にいってもう一度習う、一発受験を繰り返す、政治家にお金で頼む・・・。いろんな方法がありますが、彼が選択したのは「海外で国際免許を取り、それで日本で運転する」というものでした。で、さまざまなルートをたどって、単身、フィリピンに渡り、現地法人の社員になって国際免許を無事、取得しました。フィリピンでは現地の芸能プロとか映画会社の人と知り合いになって、仕事になったとか。
 さて、このとき、自分の体験をベースに「いちばんいい方法」という番組企画を考えました。免許を取るには、どこで、どんな風に取ればいいのか。プラチナチケットが欲しいなら、いったいどうやればベストなのか。
 こういう「いちばんいい方法」を検証、紹介するという企画なんですね。
 残念ながら、この企画は実りませんでした。番組にはならなかった。

 でも、どこかでこんな企画、見たことありませんか?
 そう、「伊東家の食卓」です。ウラ技紹介があるでしょ。あれです。つまり、回り回って、この番組で活かされたというわけです。

 彼はどうして放送作家を志したのか。
 それはラジオの深夜放送の投稿マニアだったんですね、中学生のときに。わたしもそうでした。せっせと投稿してましたもの。で、読まれると翌日、学校ではヒーローなんですよ。
 「おい、昨日、読まれたな、すげぇなぁ」ってなもんですよ。彼の場合もそれが快感で、しかも採用率がものすごく高く、それで放送作家という職業を知ったらしいですね。
 
 でも、アマとプロでは違うでしょ。当然、彼もプロになろうなんて考えず、「大学出て、いい会社に入って」という真っ当な(?)選択をします。だから、放送業界に入ろうという憧れを抱きつつ、本能だと思うんですが、放送作家セミナーみたいなのに参加します。そこで、放送作家事務所の代表の目にとまって一声かけられた。
 それがきっかけなんですね。

 あとから、どうして声を掛けられたかを知ってびっくり。別に書くものに才能があるとかないとかいうものではなかったんですね。
 決め手は性格です。
 テンションが高い。バカで仕切り屋。リーダーシップ。とにかく目立つ。これだけだったそうですよ。
 放送作家というのは、書く仕事4割、しゃべる仕事(つまり、アイデアを出す仕事)が6割。つまり、コツコツ真面目に机に向かって書くというタイプではないんです。その人がいると、そこにハイテンションになる。場が活性化する。こういう波動の持ち主だったというわけですね。
 これはポイントですよ。こういう人材は実はリーダーに必要な資質なんですね。

 250円高。