2001年09月24日「ホームレス作家」「うっかりイエスと言えない50の言葉」「物語 オランダ人」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「ホームレス作家」
 松井 計著 幻冬社 1500円

 本書は私小説であり、ルポルタージュであり、また冒険小説でもあります。
 著者はプロの作家。なんだかんだと20冊ほど、小説を出している方です。
 でも、この出版不況のおかげで発刊点数を絞り込む版元から、やっと仕上げた小説の企画中止が宣告されたことで印税はフイ。住んでた公団は家賃滞納が数ヶ月も続いたために強制退去処分。
 で、ホームレスになってしまうんですね。
 著者は妻子+妻のお腹の中の赤ちゃんを新宿区役所に預け、縁のある版元に借金を頼んだり、ハローワークを訊ねて就職先を探しますが、どちらもにっちもさっちちもいきません。やっと採用された出版社のバイトも3日でクビ。
 寒風の中、夜通し歩くか、24時間営業の漫画図書館やファミレスとか公園、あるいは電車の中で暖をとり、なんとか糊口をしのぐ生活を送ります。

 端から見れば、「作家」という好きなことをやって暮らせる気ままな自由人と錯覚されてますが、この商売、そんなに楽なものでもありません。
 出版不況が本格化する中、当てにならない注文に蜘蛛の糸の如く望みを託す因果な商売なんですよ(ホントにそうなんだから)。
 この著者だって、ホントは版元から長編小説の書き下ろしを2本、アンソロジーを1本という注文を受けてたんですよ。それができれば印税が入る。それで家賃もチャラにできて余りある・・・そう考えていたんですが、不況で売れ行き不振を理由に、出版社は著者との約束をいとも簡単に破ってしまいます。
 現実は厳しいんです。こんなこと、この業界では日常茶飯事なんですからね。
 著者の友人で神山さんという人が登場しますね。牛丼をご馳走してくれたり、電話を貸してくれたり、いい友人ですよ。彼もまた小説を書いてるんですが、版元が印税を払ってくれないんで長い裁判を闘っているんですね。

 業界で生きる1人として、意見を言えば、たしかに著者の言う通り、いま出版業界は未曾有の不況に突入していると思います。
 従来であれば、出版業は不況に強かったんです。不景気になれば、「不景気をどう生き抜けばいいのか」という企画で儲けましたし、景気が良ければ、ガンガンいろんな企画にチャレンジして、これまた儲けてきました。それが出版社というものでした。なんてったって、この業界は人件費しかコストがかからないので、不況には強かったんですよ。
 でも、この10年以上も続くデフレ不況、それに少子化も影響して漫画と週刊誌が売れません。サラリーマンの財布の紐が固くなり、小説やビジネス書の衝動買いがなくなりました。パイはどんどん小さくなっていったのです。
 それと、小さい版元は昔から印税の支払いもいい加減だと聞いてます。普通、印税というのは「出版部数×定価×10%」です。これを出版月の翌月とか翌々月とかに支払うんですが、なかには100日後(わたしも経験がありますが呆れました)、半年後、1年後、それ以上というところもあると聞いてます。中には、「売れた部数だけ払うよ」というところも少なくありません(さすがに、これは経験がありません)。
 たいへんな業界なんです。しかも、この多くは契約書など結びません。だから、途中で出版停止などになるとすったもんだのトラブルになるんですね。で、水掛論で時間ばかり喰うんです。

 ホームレスになった当日、著者は「2,3日でこんな路上生活は終わる」と高をくくってました。週明けに知人や版元に電話を入れればなんとかなる、と考えていました。でも、それはすべて失敗します。

 いま、若者向けに大量に書き散らしている某作家さんなど、相手が編集者、テレビ、映像関係の人間だと知ったとたんに態度が一変します。それまでは口調も態度も横柄きわまりなかったくせに、いきなり「謙虚と誠実」が背広を着て歩く人間に変身(変心か)してしまうのです。わたしが編集者(出版社の顧問)であると知ったとたんに、見事に豹変しました。
 もし、著者が彼のような世渡り術を心得ていたら、「ホームレス作家」になどならないですんだしょう。
 一言でいえば、「不器用な人間」。ほかにいろんな言葉が浮かびますが、これがいちばんピッタリ来るような気がします。

 わたしはこういう不器用な人が嫌いではありません。人生するりと抜けるより、壁にぶつかり反問しながら、汗を出して歩くほうがいい。
 そう思います。
 でも、家族はたまらないですね。一家の大黒柱には家族を養う責任がありますもんね。
 奥さんが働けば・・・という意見もありそうですが、小さな子どもを抱えた妊婦が働くのはちと厳しいというだけでなく、著者の奥さんは精神的に不安定なところがあり、そもそも就職ができるタイプの人ではないみたいです。
 奥さんにできることは洗濯だけ。炊事、養育など著者がすべてしなければなりませんでした。これに本来の仕事、就職活動・・・。時間がありませんね。著者夫婦には頼れる身内がこの世には1人もいません。
 だから、1人ですべての責任を引き受けなければならなかったんです。

 「このまま行くと、ホームレスになりそうだ」と退去処分になるずっと前から気づいていたと思います。で、その通りになってしまうんですね。
 新宿区役所では午前中に乾パンを配布してる、とは知りませんでした。でも、これ、賞味期限がとうに過ぎたものなんです。廃棄処分になった商品をもらってきてホームレスに配ってるんでしょうか。

 「浮浪者は総てのしがらみを捨て、自由に生きることを選んだのだ。私もそのように生きたいと望むことがある」
 これはある高名な作家がエッセイに書いた文章ですが、著者は「唾棄する心境をもってこの文章を否定する。何たる飽食の論理、なんという机上の空論」とカンカンです。自由などという陳腐なものを欲しがったわけではないんですよね。切実なんですよね。必死なんですよね。「勘違い野郎」と彼が怒るのもわかります。

 ざっと3ヵ月、真冬のホームレスが続きます。
 この間、著者はほかのホームレスとつき合うことはありませんでした。また、食事を何食か我慢してでも風呂に入るように努めました。その甲斐あって、周囲からホームレスと見られることもありませんでした。
 デパートの試食も首尾良くできます。普通、ホームレスは警備員に追い出されるそうです。でも、それが無かったために食事で大いに助かります。
 同じホームレスなのに、どこが違うかと言うとやっぱり外見なんですね。人間は外見で判断するんです。

 バイトに失敗し、やっぱり小説でしか食えないと知るや、版元に仕事を発注してくれるように回ります。ついでに借金もできないかと無心します。
 でも、これもことごとく失敗します。
 ギリギリのギリギリまで追い込まれた著者は、自分のホームレス体験をすべて赤裸々に書いてみようとピンと閃きます。天の啓示に等しいものだったでしょう。
 「そのためにはいままでつき合いのあった版元じゃダメだ」と電話をかけまくります。おそらく、ほとんど断られたと思うんですが、そのなかに、ある版元の編集者が食指を動かすんです。
 ファミレスで原稿を書きまくり、とうとう本になります。
 週刊誌やテレビでも話題になり、いま5万部を越えています。印税計算すれば、ざっと750万円にはなってるはずですから、もう家族でアパートでも借りて暮らしているのではないでしょうか。
 短いようで、ものすごく長い旅でしたね。でも、1人旅ではなかったと思いますよ。いつだって、家族と一緒。同行3.5人(お腹の子も入れて)てなところでしょうか。
 250高。


2 「うっかりイエスと言えない50の言葉」

 橋本保雄著 成美堂出版 505円

 著者はホテルオーラの元副社長。ホテル観光学会の会長さんです。
 どこで知り合ったかのか忘れてしまいましたが、20代の時にあるマーケティング会社が主催した「メイシング・フォーラム」というイベントで仲良くなったのがきっかけです。以来、彼が年末に自宅で主宰するマスコミ関係の集まり「毛蟹クラブ(毛深い橋本さんから命名された)」に誘って頂くことになったわけです。
 わたしの処女作の出版パーティもホテルオークラで開催させてもらいました。

 「一流のホテルマンになりたければ、君もマニキュアぐらいしなさい」
 これは、東京オリンピックの前年(昭和38年)、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの政治家だった河野一郎氏から言われた言葉です。以来、橋本さんはマニキュアを欠かしたことがありません。
 実は、わたしも透明マニキュアをしてるんですが、これは橋本さん譲りなんです。
 「一流のビジネスマンになりたければ、君もマニキュアぐらいしなさい」と、20代の時に言われたんですね。でも、彼自身、同じように言われてたなんて、本書を読むまで知りませんでした。
 わたしが行きつけにしてる床屋さんが日比谷にあります。日石三菱の本社があるビル、岸信介事務所があったところと言えば、わかる人にはわかるでしょうか。
 この地下にあるきれいな女性陣がやってる店でサービス抜群。顔に暖かいタオルをかけたまま、足の爪、指の爪を切り、そしてマニキュアをしてくれるんですね。
 これ、気分は最高ですよ。

 本書は仕事のノウハウが橋本さんの体験をベースにまとめられています。
 彼自身、大ざっぱに見えますが、ものすごく細かいところに気がつきます。よくホテルで打ち合わせをすると、どうも習性になってしまっているのか、人差し指を突き出し、手すりをずっとなぞっていくんですね。で、ホコリがつかないかどうかチェックするわけです。コップ1つでもきちんと磨かれているかどうか、これまた灯りに照らしてチェックするんです。
 で、もしオークラでホコリでも見つけたらたいへんですよ。責任者呼び出して、カンカンに怒りますからね。
 でも、お客さん商売というのはそういうものですよ。スタッフが辛い分だけ、お客さんのほうは気分がいいんです。その顔を見て喜べるようでないと、客商売はできません。
 言ってみれば、「ぞうきん」みたいなもんですね。自分が汚くなる分、周囲がきれいになる。ね、そうでしょ。

 「1度言っただけで指示に従える人、言う前から行動できる人、何度言ってもわからない人がいるけど、指示通りにできないのは、相手が理解できていないか、気づいていないか、あるいは言った側の伝達力がなかったかのどれかだ」
 そうですなぁ。
 「これ、やっとけよ」と部下にプレッシャーをかけても、彼が内心、「それでいいのかな」「どこか違うなぁ」「まっ、そんなものか」「わかりました」では、ホントのコミュニケーションじゃありません。これでは、たんに「指示した」「指示を聞いた」という安心感しかありません。これでは仕事ではないんです。
 仕事というのは、独りよがりの精神論ではなくて、具体的な方法論がなければいけませんよ。
 それがわからなければ、わかるように教えてやる。
 その作業を「ギアを入れてやる」と言ってます。部下はギアが入ってないから、いくらエンジンを噴かしても空回りするばかりです。いたずらにガソリンを喰うだけなんですね。

 ホテルマンとしての彼のノウハウにこんなことがあります。
 「部屋のクリーニングを要領よくこなすには、汚れが酷い部屋から片づけていくほうがはるかに早く終わる」って言うんです。たとえば3時間で10室かかるとすれば、1室18分でしょ。この中には簡単にできる部屋もあれば、平均以上に時間がかかる部屋もありますよ。
 このとき、簡単にできる部屋からはじめるとたいてい時間切れになってしまいます。すると、後半のクリーニングが手抜きになったりします。
 で、やりにくい部屋からすると、最終的にはさっさと終わるんです。
 わたしはこう思います。元気でパワーがあるうちにいちばん難しい部屋からやってしまえば、あとは惰性で勢いがついてますから一気にこなしてしまいます。
 仕事もそうです。簡単なもの、できるものからやってしまうよりも、できそうにないもの、難しいものからチャレンジしてみる。すると、全体を見ればさっさとできてしまうことが多いんです。
 150円高。


3 「物語 オランダ人」
 倉部誠著 文春新書 700円

 文春のこのシリーズは「物語 イギリス人」もありまして、今後、いろんな国に住む日本人から見た現地の人に関する四方山話を単行本化するんでしょうね。
 著者は三菱自工やビクターを経て、某計測機器メーカーに入社。そして憧れのオランダに赴任します。いまは、独立。在オランダ。ほかに欧州古流柔術連盟会長という肩書きもありますから、K−1にも出てくるのかなぁ(ンなわけない)。

 オランダというと、チューリップに風車。それとドラッグですかね。
 かつて、ネパールで子どもがハッシッシをタバコ代わりにばかばか吸ってたのを見て驚いたんですが(タバコも悪いけど)、ここでは合法化されてますから世界中からその手の愛好家たちがやってきますね。
 ほかにオランダから連想すると言えば、長崎の出島とか「カステラ」とか「オテンバ」「ハンドン」「カッパライ」といった蘭語から来た日本語とか、音楽で「彷徨えるオランダ人」とか、英語で「Let's go Dutch(割り勘だよ)」「Dutch wife」「Dutch bargain(酒で機嫌良くさせて有利なように契約を結ぶこと)」とか、まぁろくなものがありません。

 はっきり言って、この人たちは良きにつけ悪しきにつけ自分勝手な民族ですから、嫌われ者なんですね。
 何しろ、ケチでは世界中に名前が轟いてますもんね。
 例のタイタニック・ジョーク(なんとかして、セイフボートに女、子どもを乗せるための正当な理由付け。それによって、民族の気質が伺える)では、「おい、海の底では税金は取られないぞ」と聞くや、オランダ人たちはわれ先に飛び込んだ、となってるんです。参考までに、わが日本人の場合は「みんな、飛び込んでますよ」といわれると納得してしまう、とこうなってます。
 そればかりではありません。
 ボスニアの問題でも、オランダは国連軍で警護に当たってたんですが、スレブニツァというボスニア人の居住地では、万を越すセルビア人が攻撃してきました。ところが、オランダ人は無抵抗で全員無傷のまま彼らの侵攻を黙認したんですね。
 これがドイツ軍ならば、徹底抗戦ですよ。ロシア軍でもそうしたんじゃないでしょうか。
 そのため、女性は集団レイプに遭います。男の子狩り(男の子を引きずり出して、母親の前で惨殺すること)はバス一台一代にすべてなされました。
 でも、オランダ人は我関せず。

 どうでもいいですが、この本を読むといかにオランダ人が酷いかがよくわかります。
 一応、著者はバランス感覚があって良心的にフォローしてます。ケチの裏側にある合理主義、そして理由があるお金なら率先して払う気質。環境については世界一真剣に考えていること。同じオランダ人同士だと、お互いに文句も言えずに陰で中傷合戦になるとか、おっと、いつの間にか悪口になってますね。
 でもね、どうしても悪口ばかりになっちゃうんですね(わたしが悪いのではありませんよ)。

 オランダ人の結婚式は、絶対に週末にはやりません。
 休日というのは自分のためのものであって、他人のために使うことなどありえないからです。しかも、出席する場合は前もってたっぷりと腹ごしらえをしてから出かけないとたいへんなことになります。
 だいたい夜8時からスタートするんですが、5時間近くもの間、出される食べ物はミニコロケットが1時間に1回それもたった1個まわってくるかどうかなんです。でも、これで十分みんな楽しんでるわけですよ。
 名古屋人が聞いたら、ため息が出るでしょうね。

 でもね、人間ですからね。自分がご馳走するのは死ぬほど嫌だけど、ご馳走してもらうことはこれも死ぬほど好きなんですね。
 で、これに日本人はよく引っかかるんですよ。
 「隣の部門の○○さんは赴任直後にメンバーに中華料理を振る舞ってくれたらしいけど、あんたはわれわれにいつご馳走してくれるんだ」
 こんなことをしょっちゅう言うんですね。で、ご馳走してもお礼など言いません。そういうスタイルなんです。
 もし、こんな日本人がいたら1人だけ浮き上がるでしょうね。「可愛げがないな」「次から、あいつだけは外そうぜ」ってなことになりますよ。

 フィリップスなどの有名な企業がありますが、オランダ人は一般的に働きません。なんとかサボろうとするんですね。
 けど、副業には精を出します。だから、昼間は会社でサボったり、有給休暇をたっぷり取ったりするのに、夜間は自分の家でバイトにいそしむんです。
 でも、上司もみんなわかってても注意しません。ものすごい嫉妬社会、足の引っ張り合い社会ですから怖いんですよ。

 子どもの教育について書きます。
 驚く無かれ、この国には責任感という価値観をたたき込む気などまったくありません。ですから、学校で掃除をすることもありません。散らかし放題。たいへんなのは、毎朝、犬の散歩があるんですが、これが糞の始末はまったくありません。ほったらかしなんですね。
 じゃ、どうなるかというと、自治体が雇っている業者が毎朝、来て、ドーッと来て、ブルドーザーみたいなもので一斉に処理してるんです。すごいでしょ。
 でもね、自分勝手で公徳心などさらさらないかというと、そうでもなくて、先ほど記したように地球環境については世界一シビアな国ですから、田舎などに行ってちょっとした森に入ってもチリ一つありません。これは見事です。
 日本ですと、地球遺産に選ばれたようなところでも落書きとかゴミとかがたいへんでしょ。でも、この国では普段は自分勝手でめちゃくちゃいい加減なんですが、そういうけじめだけはついてるんですな。

 日本との関係で言えば、いまだにオランダ人は日本人を許してません。インドネシアやインドでの恨みが骨の髄まで残ってるんでしょうね。
 でもね、彼らはインドネシアやインドを搾取してました。
 それを日本に取られたからという理由だけで、恨みを忘れないんですね。これはしつこいですよ。ケチなオランダ人が命より大切な金づるを取られたんですから、しょうがないんですね。
 それが証拠に、サンフランシスコ講和条約で、先の大戦でいろいろ関係のあった国々はすべて日本からの賠償を放棄しました。だって、貧乏のどん底の日本から何が取れるというのですか。中国も韓国も放棄しました。
 でもね、世界で唯一、オランダという国だけは当時の日本から賠償を取れるだけ取っていったんです。
 いや、大したものです。
 100円高。