2001年09月11日「ロケット開発 失敗の条件」「指紋捜査官」「稼ぐ人 安い人 余る人」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「ロケット開発 失敗の条件」

 五代富文・中野不二男著 ベスト新書 680円

 これは日本の宇宙開発を大所高所から憂いた関係者による対談集です。
 五代さんは宇宙開発連盟の前会長さん、中野さんは宇宙開発委員会の元専門委員で作家をしてる人です。
 「失敗学」や「失敗の本質」というベストセラーがありますが、本書はタイトル通り、ロケット開発に関連する失敗のあれこれを紹介してます。内容的にはマネジメントの参考書として読んでもいい本ですが、それよりも、巷間、言われてるほど、技術立国としての日本の可能性、将来性は安心できるものではない。いや、むしろ、かなり危険水域に入ってきてしまっていることがよーくわかります。
 バブルの時に、日本的経営がもてはやされ、預金量がずば抜けていただけの理由で、日本の金融機関が世界のトップバンクを独占することがありましたが、現実はいまごらんの通りですね。
 同様に、科学技術に理解を示さない政府、官庁、国民の体質に警鐘を鳴らしています。

 本書を読んで痛感するのは、どうも日本人は科学と技術を混同してるようだ、ということです。
 これは「中島孝志が講義する原理原則研究会」の案内文にも明記しましたが、科学と技術は違います。科学は原理ですし、技術はエンジニアリングです。
 日本が比較的、優れているのは製造技術であって、科学技術ではありません。それが証拠に、パソコンは山ほど作ってますが、肝心のCPUは「インテル、はいってる」のCMの通り、すべてアメリカに押さえられています。特許はアメリカの2倍以上持ってますけど、ビジネスに結びついたもの(つまり、金が取れるということ)は5〜10分の1もありません。

 ところで、ロケット開発についてですが、これはたんにロケットという製品を作って飛ばした。うまく飛んだから成功、途中で爆発したから失敗・・・と区別できるほど単純なものではありません。
 ロケットはあらゆる科学技術の粋なんですね(製造技術の粋ではありませんよ)。ロケットを開発するプロセスでたくさんの科学・技術が副産物として生まれて来るんです。
 たとえば、代表的なものではコンピュータがそうですね。タイム・マネジメントのノウハウもそうですよ。いま、マネジメントの世界で使われているキーコンセプトなど、ロケット開発をする間に期せずしてできた「ついでの産物」といってもいいでしょう。
 ですから、ロケット開発は何度打ち上げに失敗しようがチャレンジしなければならないんです。とくに技術立国として生きようと考えているならば、なおさらのことです。
 
 さて、内容です。
 「ロケットや人工衛星開発は計画から打ち上げまで10年かかります」
 しかし、最後の結果だけで評価されてしまうんですね。打ち上げ失敗をすると、「税金の無駄遣い」と非難されます。しかし、失敗にはたくさんの段階があるんですね。オール・オア・ナッシングではありません。
 
 「JCOは事故ではなくあきらかに事件です。それも技術の問題でもなければなんでもない。たんなる知識不足と怠慢です。技術の低下ではなく、モラルと知識の欠如から生まれた事件です」(中野不二男さん)
 山陽新幹線の壁の落下事故なども、「塩分やアルカリによるコンクリートの劣化とともに、コールドジョイント(コンクリートを分けて流し込むために生じる不連続面)が問題でした。しかし、東海道新幹線ではこのような問題は起きてませんし、山陽新幹線の目と鼻の先では、コールドジョイントを防ぎながら、瀬戸大橋や明石海峡大橋が建設されたのです。であれば、これも技術の低下によるものではない。ずさんな施工やメンテナンスにおけるチェックの手抜きであり、やはりモラルの欠如による事件です」
 地下鉄と山手線でも、ホームで駅員が指さし確認をしているが、これもきちんと見ていれば安全確認のチェックですけれども、よく見ないでただ指差ししているだけなら、セレモニー(形骸化)にすぎないんです。
 チェック態勢をチェックするとなると、これはモラルの問題になります。人間はロボットではありませんから、どうしても慣れてしまうんですね。慣れてもいいんですが、狎れてはいけませんね。かといって、ほどよいテンションがあればいいのですが、そうそう生身の人間にテンションばかりかけていられませんものね。
 
 ところで、日本が平和ボケだという理由は、憲法第九条云々ではなく、サイエンスとテクノロジーに関して、国家間の攻防を理解していないからです。
 たとえば、ロケットの打ち上げのときは各国がこぞって調査船や飛行機を出します。これは産業スパイというか、リサーチ活動なんですね。もし、打ち上げに失敗して公海にでも部品が落ちようものなら、各国とも目の色を変えて探し出そうとします。というのも、その部品を見れば、技術レベルから失敗の原因までが判明するからです。
 防衛庁でも新型機のテストや搭載機器のテストなどは、能登半島沖のGエリアという空域で行うことが多いんですが、必ず国籍不明の漁船が頻繁に出てきます。もちろん、自衛隊機は実験を中止して戻ってきます。
 そういう意味では、まだ冷戦構造は終わってないんですね。

 あるロケット打ち上げに失敗したとき、ある有力政治家は関係者を呼びつけ、「こんど失敗したら、承知しねぇぞ」と言い放ったそうです。
 べつに怒ってもしかたが無いことなんですね。がんばるのは開発中のことで、売上あげのときみたいにただでさえ緊張するケースでは「いつものようにやれ」がいちばん効果的なんですね。要らぬプレッシャーを掛けてはいけませんよ。
 
 ある新聞など、打ち上げ失敗のニュースをねむの木学園の宮城まり子さんにぶつけました。おそらし、「そんなお金があるなら、福祉に回して欲しい」というコメントを引き出したかったんでしょうね。これだけでどこの新聞社か創造がつきますが、彼女は「将来のために、国民のためにがんばっておられるんでしょ。失敗することだってあるでしょ」と平然としたものです。
 実際、そうなんです。
 気象衛星「ひまわり」など、たった100億円でできます。
 ところが、この衛星に気象分析からなにからなにまで負ってるんですが、実はサブがありません。もし、停止したとしたら、どうするんでし。国民からクレームが来るでしょうね。
 土建型の公共事業には金を出しますけれども、こういう科学技術は票にも金にもなりませんから、政治家は動きません。
 こういう政治家が跋扈してるんですか、日本が技術立国から滑り落ちるのも時間の問題です。
 150円高。


2 「指紋捜査官」

 堀ノ内雅一著 角川書店 1200円

 指紋鑑識に一生を捧げた警察官、塚本宇平さんを徹底取材したドキュメントですね。

 指紋て、おもしろいですね。
 そもそも指紋とは「指の汗腺の開口部(汗の噴き出し口)が隆起した線からなっていて、そこから出る汗や付着した皮脂の成分が指が触れたところに残ったもの」を言うんです。ですから、鼻の頭に触れたり、髪の毛を指で掻き上げたりすると、指紋はより鮮明になるんです。
 指紋がないと、コップすら持てないらしいですよ。指紋があるから、滑り止めになるんですって。

 指紋は犯人特定にものすごく役立ちますが、それも指紋が「万人不同」「終生不変」という2つの特徴を持ってるからですね。
 昭和56年8月の台湾航空墜落事故でも、塚本さんは被害者の身元確認を担当したそうです。
 「とくに印象深かったのは乗客の1人だった、ある女流作家の身元確認だった。わたしはその作家の書斎を訪問して、彼女しか触っていないものはないかと探した。そして目に入ったのが、書きかけの原稿だった。これなら、編集者に渡す前はまず本人しか触っていないと読んだのだ」
 この女流作家の名には触れてませんが、向田邦子さんのことですね。

 いまや、「指紋鑑識の神様」と言われる塚本さんですが、捜査一課からはずされたときは、腐ってたそうです。
 「なんで、毎日、ルーペ覗いて指紋照合ばかりしなきゃならないんだ」なんてね。
 いまでこそ、事件があれば、現場保存が最優先されます。そこには指紋、掌紋、足跡、血液、体液、毛髪、衣服などの糸くずといった慰留物など、犯行現場に必ず手がかりが残っているからです。
 しかし、昭和42年当時、捜査一課は鑑識課の捜査にはほとんど重きを置いていませんでしたる。「もの(証拠)より人に聞く(自白)」が、この国の捜査(おそらく有史以来でしょう)では長年にわたって主流だったんですね。
 でも、塚本さんは昭和42年の「Kホテル殺人事件」を契機にして、とことん指紋にのめり込んでいきます。

 これは、北海道の会社に勤める女2人がそれぞれ部屋を別々にとったラブホテルで片割れだけが自殺をしたんです。
 それもきちんと遺書を残したという事件です。
 警察は自殺と判断する方向に傾いたそうですが、しかし、夫も子どももいる女がどうしてわざわざ出身高校の校長に向けて遺書を残すのか、彼は不思議に感じます。
 で、捜査官が現場検証する中、コップなどの遺留品をこまめに指紋採取します。
 その結果、関係者からすべて指紋を採って照合すると、1つだけ該当者のない指紋が残りました。刑事も北海道に飛んでとことん調べると、2人の女が400万円横領していたこと、そしてクラブのボーイをしている共通の愛人がいることがわかりました。
 そこで、このボーイの指紋を採取すると、現場に残された洗面所のコップから採取した指紋と合致します。
 で、あえなくご用となるんですね。
 ボーイは殺された女にすべての罪を押しつけ、片割れの女と店を出すつもりでいたんです。ですが、女の力ではなかなか殺せないので、ボーイが上京して殺したんですね。
 こうして、指紋一個で事件をひっくり返してしまったわけです。
 以降、3億円事件、オウム真理教事件、よど号事件、昭島女将殺害事件、女子大生殺害事件、神田強盗放火殺人事件、有楽町3億円事件、中村橋派出所警察官二名殺人事件、杉並老女殺害事件、イメルダの壺事件(フィリピン)、マニラ殺人事件(フィリピン)などを解決することになります。

 3億円事件は昭和43年12月10日に発生した事件です。
 ご存じの通り、東芝府中工場を舞台にした事件です。当時の3億円を現在に換算すれば30億円ですよ。時効までの7年間に動員した捜査員延べ17万人、寄せられた情報3万件、捜査対象者12万人という膨大な捕り物でした。
 
 このとき、彼はまだペエペエでした。
 そこで意見具申しても、なかなか上の人に取り上げてもらえません。関係者指紋を徹底して採取することを進言しても無視されます。
 「あのとき、モンタージュではなく似顔絵だったら」といまでも悔やむそうです。モンタージュ写真は架空の人間ではなく、どこかにいる人として見てしまうからですね。
 また、「使用された白バイの顕在指紋(バイクに白く塗料を塗った際、まだ表面が乾かないときに触った指紋に)は犯人以外につけるチャンスはないものです」という意見も出しますが、これも却下されます。 
 「事件後5日後に自殺した19歳の少年(暴走族のリーダー。父親が現職の白バイ警官)をもっと徹底してつぶすべきだった」という特捜刑事もいた。これだけの大事件でありながら、彼の知る範囲では、どういう理由からか、この少年から指紋採取が行われていなかったんです。

 パスポートの写真など、いくらでもごまかせます。
 それが証拠に、日本赤軍最高幹部の重信房子も偽造パスポートで出入国を何度も繰り返していたといいます。この重信を逮捕するきっかけになったのも、25年前にデモによる逮捕で採取された指紋で身元確認がなされたせいです。
 昭和58年、指紋をデータベース化して照合できるようになりました(AFISシステム)。いまや、このシステムで、警察庁に保管されている前歴者を中心とした指紋原紙600万〜700万人分をコンピュータで瞬時に検索できます。
 その早さは、一件あたり0.00013秒というスピードですね。

 「完全に一致するものを捜していけば、まずヒット数はゼロだろう。そこで類似点の多い指紋からヒットしていくようにプログラムされている」
 つまり、まずコンピュータで大まかに洗い出して、その後、手繰りでつけて行くわけです。というのも、実際に現場から採取できる指紋はたいていが「片鱗紋」だからです。これは不完全だから、このまま指紋センターで照合してもまずヒットすることはありません。
 「最初は一点だけでいいから、特異な特徴点を定めて、そこから攻めればいい」となるわけです。

 オウム真理教でも指紋で突破口が開きました。
 「目黒公証人役場事務長拉致事件」です。
 教団のワゴン車が犯行に使われたのですが、証拠をあげなければなりません。
 そこで、車を徹底調査すると、指紋と血液が取れます。照合すると、拉致された人物と一致。オウム幹部たちの指紋もはっきりと残っていました。
 実行犯の松本剛は指の皮膚移植手までして指紋を消そうとしました。
 殺された幹部の村井など、坂本さん一家殺人事件の際に指紋を残してきたのではないかという恐怖心から、熱したフライパンに指をつけて火傷してまで消そうとしました。
 ところが、この男たちは頭がいいようで抜けていたのは、指紋は簡単には消せないんですね。フライパンに押しつける程度では、皮膚の表面は火傷で消えても、5ミリほどの奥にある真皮はまったく傷つかないのではっきり残ってしまうんです。
 おそらく、いま、松本にしても、幹部の早川にしても、指紋がないためにコップすら持てないでしょうね。
 200円高。


3 「稼ぐ人 安い人 余る人」
 キャメル・ヤマモト著 幻冬社 1400円

 著者はキャメル(ラクダ)さんとありますが、もちろん、これは通称で日本人です。あの外務省を見限ってコンサルタント会社に転職した人です。

 もともと、「子どもまで含めた日本人のタレント開発」について書きたかったらしいですが、まずはビジネス書として1冊出したということですね。

 内容は同感することばかりです。困ったのは、あまり同感してしまって、チェックする項目が1つもありませんでした。読まなくても良かった本です。
 読書には2通りの読み方があります。
 1つは、自分自身と同意見の本を取り上げて、「やっぱり、オレは正しい」というように自己の考え方を強化するために読むこと。もの1つは、「これはおかしいよ。ボクはそう思わないな。でも、鋭いね」とディベートしたり、議論したりするような読み方。
 どちらが好きかというと、わたしは圧倒的に後者です。ほとんど、チェックするのは後者の類ばかりです。しかし、そういう本に限って本欄ではご紹介できません。なぜなら、「これは違うよ」と思ってるからですね。自分が疑問に感じてるのに、他人に紹介できないでしょ。
 
 で、内容です。
 スタンフォード大学のおそらくエクステンションのことを指してるのだと思うんですが、「industrial thought leaderというセミナーは圧巻です。米国を代表するような起業家、ベンチャーキャピタルが金曜日の午後4時半から1時間、自分の起業体験を語ってくれます」とあります。
 著者はよっぽど感動したのか、このときのメモをきちんと取って勉強してますね。
 「この人たちに共通すること、非現実的といわれかねない自分の志を信じて、それに賭けて生きている点です。わたしのような元官僚で、こういう話には簡単には感激しない人間でも、会場から出てくると、よし、何かやってみようという気になる」とあります。
 これは大事なことなんですね。

 どこかに書きましたが、これを「ヒューマン・カルチャー・ショック」と言うんです。
 ここだけの話ですが、わたしが頭でっかちで高慢知己で、独りよがりが激しかった頃(いまでもそうだ、という声が聞こえますが)、仕事とプライベート(キーマンネットワークのことです)で中小企業の創業者を中心に経営者たちに軒並み会うことがありました。
 ものすごい数です。どうかなぁ。2年間で1500人は会ったでしょうね。そのうち、じっくり経営談(つまり、創業のころの苦労話とか将来展望とかですね)を聞けた人だけでも200人はいたと思います。テープに録ってましたから、それが、いまでも押入にとんでもないほど積み上がってます。
 けど、こういう人たちの話を直に聞いて、「世の中にはすごい人がいるもんだ。不可能を可能にした秘訣はものすごい執念にあるんだな」と本気で生きる迫力を感じたんですね。

 近くでそういう人たちの迫力を感じていると、そのうち、乗り移ってきます。
 人間の意思というのは波動ですから、波長が合うと憑依するんです。脱線しますが(いつもですが)、リーダーシップというのは、早い話が「憑依力」のことですよ。
 で、この高慢知己のわたしが曲がりなりにも素直になり、謙虚になり、勉強好きになったというわけです(ウッソー?)。
 「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、ホントは「若いうちに熱い人と会え」というのが正解ですよ。

 著者は若い省員たちとともに、「ロシア語スクールのドン」と呼ばれた局長さんから次のような訓話を受けた、といいます。
 「情報を扱うプロは第一報が入ってきたときには、即座にその後の展開を見通せねば失格である。重要な情勢の展開にかかわる情報であれば、第一報に続いて世界中の大使館から膨大な量の情報が送られてくるが、プロとしては、情報が集まってから情勢判断ができるというのでは遅い。第二報以降は、第一報を得たときの見通しを検証していくプロセスに過ぎない。したがって、第一報に接して、その後の展開を洞察できるかがプロとなるための必須条件である」
 これ、おそらく、まだ外務省にまともな人がいた時代の話だろうね。彼らから「情報を扱うプロ」なんてキーワードが出てくるわけないもの。せいぜい「語学のプロ」だよな。

 ところで、この「第一報で洞察する」ということは、商売人ならみんなやってることです。いわゆる、「兆し(きざし)を読む」というヤツですね。
 感性というか、アンテナというか、直感というか、センスというか、想像力というか、実はそのすべてなんですが、かつて、松下幸之助さんがこんなことを言ったことがありました。
 「夜泣きうどん屋の大将になれたら、どんな会社の経営でもできるで」

 ちょっと説明します。
 うどん屋として成功するには、まず材料が良くないといけません。それに値段設定ですね。この材料でこのくらい売れたら、いくらで売ったらいいか。この当たりの相場だと、このくらいの値段かな。赤字にならないようにもノルマをきめるかもしれませんね。
 もちろん、天気が雨と晴れでは湿度が違いますから、うどんのうち方もかわります。気温の差でも、つゆや麺の作る量がかわります。寒いときにはたくさん注文があるでしょうから多めに作る。夏なら少なめに作っておいて、お客さんの入りを計りながら中途で追加するとか、あるいは「冷やしうどん」を開発する。
 そうそう、重要なことは、最初のお客さんに「きょうのうどんはどうですか?」と訊くことを忘れてはなりません。食べる様子もそっと観察します。
 「うんうん、もうちょっと濃いほうがいいな」
 そうか、ここは工場地帯だから、汗を流す人には少し濃いめのほうが受けるな、と気づきます。
 こうやって、兆しを読んで改善するわけです。
 100円高。