2000年10月20日無党派という党ができた!

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組織は個人を潰すもの


「Qちゃん」こと、高橋尚子さんの国民栄誉賞が検討されている。陸連だか体協だか知らないが、「将来のために」という理由で拒絶への圧力を掛けた。

 ところが、本人はズバリ。

 「いただきます!」

 それが正解である。個人に与えられる賞を組織が横やりを入れてどうするのか。

 それに、高橋選手は陸連のものではない。もちろん、金メダルを取るとすぐに広告塔に使った積水化学のものでもない。彼女は彼女。自分の好きなように生きればいいのだ。

 「中島孝志の通勤快読」で先週書いたように、小出監督は選手のプロ化を考えているはずだ。それは有森選手がプロ化を邪魔されたことへの反発というより、こういうくだらない圧力を掛ける組織への反発があるのだと思う。

組織というのは個人を潰してでも組織のために動く。それが組織の宿命なのだ。イチロー選手が大リーグにすんなり行けるのも、何もイチロー選手の将来を思って、球団やパ・リーグがしたことではないだろう。そうせざるを得ない理由があったはずだ。それはいずれ明らかになるはずだ。

 組織は個人を潰す可能性があるが、それに負けないだけの実力を持った個人はぜひ組織にアピールしてもらいたいと思う。いたずらに摩擦を起こす必要はないけれども、自己主張はきちんとしなければならない。それはリーダーの役目である。

無党派の風が吹いている


 田中康夫さんが長野県知事に当選した。全党相乗りの(共産党を除く)現職を破っての当選だ。

 長野県は戦後3人の知事しか出していない。

 「歌手1年、総理2年の使い捨て」というように、竹下内閣以来、橋本内閣までの就任期間の短さは酷いにしても、逆に長野県の場合は組織が倦むだけではないのか。これで少しは酸素が行き渡るだろう。

 長野県の人は少し変わっていて、理性的だという。某医師の感想が新聞に載っていた。彼の出身地上州では、人情に押されて政治のど素人でも総理の娘なら当選させてしまうと言う。だから、「そんな無駄なこと」と田中さんが立候補した自体に呆れていたようだ。医者仲間にもそう言った。すると、反応が違うというのだ。

 「いいや、そうでもないよ。善戦するはずだ」と言うのだ。どうやら、「信州人は頭で考える」というわけだ(そのわりには頭の悪い政治家も出しているが)。

 その田中さんが、あの詐欺師国会議員の辞任に伴う補欠選挙に立候補した川田龍平さんの母親を応援している。彼女は無党派だ。自民、民主、社民を向こうに回して戦っている。

 さて、風はどう吹くか。彼女が当選すれば、政党政治の終焉の始まりである。無党派という党が傑出したことを意味するからだ。

 もう大雑把に(いい加減に)政治家を選択する時代は終わったのではないだろうか。

 「この人はいい」「この人はダメ」と情報がすべて筒抜けだ。国会議員の採点票まで出回っている。1人1人の顔を見て選ぶ時代になった。

 国民が政治に関心を持つことは、それだけですでに政治の敗北である。日本の状況が良くないことに国民はすでに危機感を持っているということだ。