2004年06月21日「ボスと上司」「妻に捧げた1778話」「裏のハローワーク」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「ボスと上司」
 梅森浩一著 筑摩書房 680円

 カビキラーならぬ「クビキラー」として名を馳せた著者による第何弾になるかわからない本。
 いままで書いた内容をエッセンスとしてまとめた、という感じ。まだ、著者の本を読んだことがない人には、これ一冊でポイントがわかるようになってますな。

 外資系の金融会社では、ジャーゴン(業界用語)として、「黒目」「青目」という言葉があります。
 本来は、債券の発行体が日本国内の企業なのか(黒目)、それとも海外の企業なのか(青目)という意味ですね。
 そこから、著者は「みんなで和を大切にする」という文化を持つ会社を「黒目」の会社、逆に競争原理が働いて、結果重視、成果重視という文化を持つ会社を「青目」の会社としています。

 まっ、どちらにもメリットもあれば、デメリットもあります。だから、黒目と青目のいいとこ取りをして、「ハイブリッド型」の会社、つまり、青黒目にしては、という提案です。

 外資系の企業文化と日本型の企業文化のもっとも大きな違いは、やはり、競争原理でしょうね。
 ライバルとの競争も当然、ありますし、実は上司との競争もあります。

 たとえば、著者がいちばん驚き、印象に残ってる出来事として、勤務していた金融機関が合併直後に行ったオフサイト・ミーティング(職場を離れた場所での会議)における「ビーチバレー」をあげています。

 合併して、これからどんな仕事をすべきなのか。具体的なテーマはこれ。数日かけて議論が行われる中、アジェンダの最初の最初に設定されたのが、このビーチバレー。
 時間をムダにすることをいちばん嫌う人種にもかかわらず、全員参加。むくつけき男(もちろん、女性も)、人種が入り乱れてのビーチバレー。
 これが、たとえゲームとはいえ、親睦というニュアンスはなく、やはり競争、競争。真剣勝負なんですね。こんな遊びでもどれだけパワフルにベストを尽くせるか。これを見てるし、見られてるわけです。このストレスは普通の日本企業に勤務する人にはわからないでしょうな。

 いよいよ、会議となり、ずらり幹部が居並ぶ中、トップが開口いちばんに言ったこと。
 「今年は、ボクが参加したチームは負けてしまったけど、来年は必ず勝つ!」

 次に言ったこと。
 「今日、みんなに集まってもらったのはほかでもない。新しい銀行において、われわれがどのようなビジネスを展開していったらいいのか。じっくりと話し合うためです。それゆえ、一つのポジションに、合併した二つの銀行からそれぞれ責任者を呼んでいます・・・次回のミーティングには、ここに出席している2人に1人は参加できないこともあり得ます」

 日本企業でも、いまや、成果主義が当たり前になってきました。けど、成果を求めるあまり、人間をコストと考えてしまう文化には拒絶反応を示す人も多いでしょうな。
 かたや、真剣勝負の競争原理。かたや仲良し文化村。これで戦えといっても、もう勝負あった、ゃないかなぁ・・・。
 150円高。
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2 「妻に捧げた1778話」
 眉村卓著 新潮社 680円

 著者は関西在住のSF作家。
 「妻に捧げた」とあるけど、どうもニュアンスが違うらしい。
 「毎回、ただひとりの読者である妻のテストを受けていた感じ」
 たしかに、そうかもしれません。

 末期癌であと数カ月と言われた妻。その時から、「毎日、1話ずつ原稿を書こう」と約束。
 長編を書く余裕はないから、原稿用紙で3枚〜6枚程度。
 エッセイは書かない。
 妻しか読者がいないにしても、レベルは商業誌に掲載できるものであること。
 病人の神経を逆なでするような内容にはしない。
 ラブロマンス、官能小説は書かない(元々、苦手に分野)。
 などなど、制約というか条件をつけて書き始めます。
 
 「しんどかったらやめてもいいよ」
 「いや、お百度(参り)みたいなもんやからな」
 中断したら病状が悪化するような気がした。
 こちらが大笑いしてくれると思った箇所で空振りし、まったく期待していない箇所で微苦笑になったり、長年、一緒に暮らしてきたというのに、妻のことがろくにわかっていなかった、とたびたび思い知らされた。

 「つらいと思ったことは一度もなかった。書くことが現実からの逃避になっていたのかも・・・」

 アメリカでは、ジャーナル・ライティング・セラピーというのがあります。書くことで実は心が救われることは少なくありません。
 以前、わたし、東京都から頼まれて「プロが教える文章講座」という連続もののセミナーを受け持っていたことがあります。
 これがものすごい応募の嵐で、締切一週間前に早々と締め切ってしまい、インターネットとハガキ、FAXでの申込者には職員が断りの電話連絡などでてんてこ舞いになった、というものでした。ざっと三百人くらいが参加してくれました。で、いつものように、後先を考えないおっちょこちょいだから、ただでさえ忙しいにもかかわらず、「毎回、課題の原稿を提出してくれたら、すべてチェックします。赤を入れて直すか、コメントを書きます」なんて大言壮語。結局、自分で自分のクビを絞めてしまいました。
 でも、この時、わたしが注意したのはネガティブなコメントはしないこと。これ一点だけ。
 だって、文章を書いて心が救われることを知っていたからですね。

 なかにし礼さんが、とんでもなく迷惑をかけられた兄について小説を書きました。
 これも書いているうちに心が落ち着き、最後にはわだかまりが昇華され、自分が救われてしまった、と後に述べています。
 書くことで救われる。文字も言霊なんですね。文字の一つ一つに念が込められているんですね。

 さて、本書の構成はたんに1778話を集めたものではありません。いくつかを抜粋してるだけです。
 その原稿を書いた時の、妻の状況。ふれあい、自分の気持ち、周囲の状況などなどをコメントするなか、話が差し込まれている、といったものです。

 「わたし、してもらいたいことがある」
 「なに?」
 「お葬式の名前は、作家眉村卓夫人 村上悦子にしてほしい」
 
 表向きの理由は、来られる人がわからないと困るから。けど、本心は、作家のパートナーとして人生を全うしたことを証明したかったからでしょうな。
 で、その通りにします。

 1778話が最終回、すなわち、この日、ただ一人の読者がいなくなってしまいました。もうだれに向かって書くこともなくなってしまった。
 その内容は?
 えぇと、えぇと・・・まっ、野暮なことはやめときましょう(本文をご覧ください)。
 泣けますよ、きっと。
 250円高。
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3 「裏のハローワーク」
 草下シンヤ著 彩図社 1200円

 ハローワークって、早い話が職安のこと。
 で、世の中、裏もあれば表もあるわけよ。ハローワークで絶対紹介してくれない、もちろん、情報誌にも絶対載ってない「わけありの仕事」のイロイロ。
 それが、裏のハローワーク。

 本書には20ほどの仕事が紹介というか、実際にやってる人のインタビュー記事が載ってます。
 たとえば、とさつ業者、産廃処理業者、偽造クリエーター、マグロ漁船、総会屋、運び屋、夜逃げ屋、原発作業員、治験バイト、新聞拡張員・・・そうそう、出版ブローカーというのもありました(おもに宗教団体とかを得意先にしてるらしい)。

 どれも大変な仕事ばかりですよ。
 サラ金で追い込まれた人が、「腎臓売るか、マグロ漁船乗るか、山奥のトンネル工事するか?」と聞かれると、たいてい山奥のトンネル工事がいちばん人気だそうです。
 で、二番人気がマグロ、さすがに腎臓はね、問題ありますもの。
 
 マグロ漁船がなんで厳しいかというと、やっぱり、半年、一年、一年半と航海が長いからですね。いったん乗っちゃうと、もう半端なことでは帰れない。
 「あっ、やっぱりやめます」なんて言っても、もう遅いわけ。後悔(航海)先に立たず、ってね。

 もし怪我をしても、病院にたどり着くまで最短1週間はかかります。ということは、大けがしちゃうと、命取りになっちゃうわけです。
 怪我というのは、ケアレスミスで起こります。何日も睡眠不足で魚と戦っていると、どうしても疲れます、眠くなります。
 そんな時に大変な事故に見舞われてしまうわけ。

 それと喧嘩。海の男は気が荒いし、集団生活だから派閥もいじもある。
 「陸地が見えた途端に海に飛び込んで逃げた人間もいたよ」というほど、シビアなわけ。

 治験バイトというのは、製薬会社の新薬の実験台になることですね。
 かなり率が良いです。
 たとえば、1週間、薬を飲み続ける。これで6万円。入院するわけじゃなくて、通院でいいわけ。
 5泊するのもあったらしいけど、それが12万円。10泊で24万円、17泊で34万円。
 薬を服用し、その都度、採血されるわけ。1日に10回とか。
 薬漬けなんだけど、ほかにすることなくて、三食ちゃんと食べさせてもらえるから、かえって、健康になる人も出てくるとか。
 もちろん、薬害はその場では表面化しません。これはあとでボディブローのように効いてきますからね。
 原因不明の頭痛などね。
 「ちょっと待って、その薬、のむの!」
 「もうのんじゃいました」
 「!」
 「何か不都合でも」
 「・・・いやいや、大丈夫、大丈夫。気にしないでね」
 顔が引きつってるわけ。こんなこともあるとか。

 面白かったのは、詐欺師かな。
 これ、仕事って言っていいのかなぁ。
 「詐欺は手品と似たようなもの。タネが大事なの。オレオレ詐欺なんて、最初に考え出したヤツは偉いけど、そのあと、模倣犯が氾濫してすぐに使えなくなってしまった。どれだけ斬新なアイデアを出せるか。ここがポイント」だと。
 まるで、ビジネスマンの企画会議に参加してるような錯覚に陥ります。

 儲かったのは、インチキ育毛剤だったとか。元手もかからない。リスク無し、いまでも使えるネタだって。
 市販の育毛剤を買ってきて、それを10倍に薄める。で、夕刊紙とかに三行広告を出すわけ。
 「育毛対策の最終兵器 いまなら○○円」とかね。
 これがじゃんじゃん儲かっちゃう。リピーターも多いから、今度は少し濃度を濃くした「ストロング版」を売り出しちゃう。またまた、売れるんだ、これが。

 詐欺にも極意があるらしいですね。
 一つは、はっきりと騙されたとわからないものであること、二つ目は、騙されたとわかっていても訴えにくいものであること、だそうです。

 で、今後、3年間は使える詐欺アイデアはこれ。計画自己破産、だって。
 いったいどうやってやるのか、だって?
 知りたきゃ、本、読んで下さいよ。

 しかし、こういう仕事に何の役にも立たない本って、好きだなぁ。「トリビア型読書」だね、わたしの読書法は。
 今度、読書術の本でも書こうかな。
 200円高。
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