2006年05月23日映画 「ヨコハマメリー」

カテゴリー中島孝志の不良映画日記」

 横浜ってさ、ちょっと前まで外国だったのよ。
 ニューグランドホテルは米軍に接収されちゃうし、本牧には米兵相手のチャブ屋があったし、伊勢佐木町には米兵相手の街娼がたむろしてたし・・・。
 田村泰次郎の「肉体の門」の世界だよね。いまのみなとみらいの風景からは想像できないだろうね。

 オンリーと異名をとる白人オフィサーの愛人もいた。ハマのフーゾクのそこらへんは映画「月曜日のユカ」に詳しく出てきます。ついでにいうと、これ、加賀まり子、中尾彬のデビュー作なのよ。
 外人相手の娼婦でも、白人専門、黒人専門と、縄張りというより、顧客によってきちんと棲み分けされてたりしてさ。そりゃ、なるべく商売がバッティングしないように、という知恵さ。

 もちろん、だれが好きこのんでそんなの相手にするかいな。唐人お吉だって、嫌々(少なくとも最初はね)、ハリスさんと暮らしたわけだしさ。

 で、さまざまな街娼たちの中に「白い娼婦」と呼ばれる女がいたの。
 なぜ、白い娼婦かって?
 資生堂の白粉を顔から腕から塗って、ドレスはいつも純白。夏は白い大きな帽子。つまり、全身白装束(1人パナウェーブ?)。そんないでたちでいつも横浜松坂屋の前にいたの。
 この人もオフィサーしか相手にしなかった(晩年は日本人とも歩いてたけどさ)。

 それが伝説の「ハマのメリーさん」。

 いま、あちこちで彼女の映画が上映されてます。彼女の映画といっても、演技するわけじゃなし。彼女の片鱗を知る人たちの証言をインタビューし、メリーさんを浮き彫りにする、という方法。


 
 しかし、いま、なぜ、メリーさんなのかね?
 だって、この映画、2年前に横浜で上映したんだよ(新宿でもしてた)。野毛のにぎわい座ね。満員で立ち見が出たよ。

 映画にも登場するけど、「シャノワール」の永登元次郎さんも見に来てた。で、末期癌を押してステージでシャンソンを何曲も歌ってくれた。もち、医師、看護婦の付き添いでね。
 声は出てない。けど、みな、感動のあまり泣いてた。で、この2週間後に亡くなったのね。

♪あなたに会えて幸せでした
 あなたにありがとう♪

 「哀しみのソレアード」ですね。「ソレアード」ってさ、スペイン語で「日だまり」という意味ね。この歌、大好き。CD2枚違う歌手で持ってる。 


♪私には愛する歌があるから、信じたこのの道を私は行くだけ♪

 ♪あなたにありがとう♪って、元次郎さんの気持ち? メリーさんに対する。

 金のかかった映画じゃない。けど、思い入れたっぷり。かといって押しつけもないし、楽しませてやろうという気負いもない。なんていうのかなぁ。透明なのよ。ピュアなのね。
 宣伝する予算もなかっただろうけど、場末の映画館(テアトルだったかな)にたくさん並んでたよ、観客が。小さな小屋から口コミでじわり、じわりと広がった成果だね。
 良かったねぇ、ホントに。

 メリーさんを取り巻く人たちの、なんと心のぽかぽかしてること。おかげで、主役(メリーさん)を名脇役たちが喰ってしまった。でも、いい映画って脇が光ってるじゃない? 結果オーライですな。

 メリーさんは孤高の人だったね。気位が高い人。
 気位が高い? 娼婦で? そう、「青春の門」のカオルみたいな女。生き方に美学を持っている女。
 もちろん、愛する男もいた。娼婦だって恋はするさ。白人のオフィサーだよ。男とは横浜の港で別れた。国に帰ったんだ。

 その男かどうかはわからないけど、元次郎さんは見てたらしいよ。「船が出て行くという瞬間、桟橋でキスしてた」って。
 「いつか戻ってくる」と夢見て離れなかったんだよ、横浜を。

 昭和、そして平成最後の「らしゃめん」が逝ったのは2005年1月17日。合掌。
 「ダ・ヴィンチコード」もいいけどさ、心を打つ写真だよ。ぜひ、ごらんください。