2004年01月19日「動詞的人生」「あきらめたから、生きられた」「うつくしい子ども」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「動詞的人生」
 岩波書店編集部 岩波書店 2000円

 動詞的という言葉はありません。でも、動詞なんです。
 「どうして?」なんて、くだらない洒落はいわないの。この本はアンソロジィなんですね。アンソロジィというのは、anthologyだから、寄せ集めって意味ですよね。では、どんな寄せ集めをしたのか。
 それが「動詞」なんですよ。

 トータル46人が書いてるんですけど、たとえば、「拝む」「歩く」「吸う」「別れる」「捨てる」といったように、動詞で一つお題を用意する。
 どんな動詞を選択するかは自由。
 で、そのお題でエッセイをまとめるというわけです。
 そう、エッセイの寄せ集めなんです。けど、どこかで発表したというものではありません。
 「図書」という月刊誌があるでしょ。小さい本。あのシリーズなんですね。

 わたし、こういう寄せ集めって好きなんですね。
 本書で気を引いたのは「さまよう」(宮沢章夫さん)、「騙る(かた)」(黒川博行さん)、「ハモる」(岡村喬生さん)、「賭ける」(佐藤正午さん)といったところでしょうか。
 たとえば、「さまよう」というのはこんな話です。
 宮沢さんは劇作家ですね。時々、演劇のワークショップを主宰したりしてるそうです。
 で、やはり演劇のワークショップが軽井沢で合宿が開かれた時のことをモチーフにしてますね。
 ご当地は初見参というグループが二つ。それぞれ街を探索してそこで出逢った出来事をモチーフに寸劇を作って披露する、というのです。
 一つのグループは、出かける前にみんなで地図を広げて検討します。「ここに行こう」「こんなのがあるからあそこにも行ってみよう」とかれこれ一時間くらい調査するわけです。メモをとる人、下調べのために電話をかける人など、すべての行き先を決めてから出かけるんです。
 もう一つのグループはとんでもない連中で、いい加減の一言。
 「じゃ、行くか」と、リーダーらしき人間が言うなりいきなり出かけてしまう。中にはアクビをこらえながら慌ててついていく人間もいます。完全にぶらぶら歩き、彼らには目的などあるんでしょうか。周囲の参加者もみんなそう感じていました。

 さて、数時間経ってから、二つのグループが帰ってきました。
 これから各グループごとに寸劇を披露するのですが、いったいどちらの劇が刺激があって面白かったと思う?

 圧倒的に、ぶらぶらグループのほうが痛快だったんですよ。
 「なんで?」と言われてもねえ・・・。

 彼らは街に出ると、これは面白いと感じるものを勝手に遊んで帰ってきたんです。
 すると、ある店の前に人だかりができていて、何人ものお客が牛乳を振っているのが目に入った。小さな瓶の普通の牛乳です。だけど、振れば振るほど美味しい牛乳ができるらしい。
 そこでグループみんなでわいわい言いながら振った、というのです。すると、なんだか気持ちが良くなってきた。人よりもっとよく振ろうという気持ちが湧いてきた。

 こんな経験をたくさんして帰ってきたぶらぶらグループ。彼らがしたこと「さまよう」ことですね。

 一方、あれだけ調査してから出かけたグループはどうだったのでしょうか。
 当然のことながら、ゴールにいち早く辿り着いたのですが、収穫は何も無し。というより、あらかじめ調べた通りのことを確認して帰ってきただけ・・・でした。
 「さまよう」ぶらぶらグループは、面白い判断をその場その場で選んで豊かな発見をして帰ってきたのにね。

 もしかすると、人生もぶらぶらとさまよう方が発見が多いかもしれないですなぁ。いや、きっとそうだよ。

 宮沢さんはよっぽど気に入ったんでしょうな。彼自身、「牛乳の作法」という劇作があるけど、これってこの牛乳振りからヒントを得たんでじゃないかな(んなわけないか)。
 200円高。購入はこちら


2 「あきらめたから、生きられた」
 武智三繁著 小学館 1200円

  いわゆる、漂流ものですね。トム・ハンクスの映画に「CAST AWAY」というのがありました。これ、好きでDVD持ってるんですよ。
 それから書店で漂流ものを見つけると条件反射で購入してしまいます。
 これもその中の一冊ですね。

 長崎で趣味で漁師をやっている著者が、37日間もの間、太平洋で漂流し、たまたま、ホントにたまたま、発見されたのは銚子沖800キロメートルだったとか。それも高知のまぐろ延縄漁船ですよ。
 波も荒かった。だから、じっと見つめていたところで船は互いに上下してますから、見つかるわけがない。たまたま、波で上下する船同士が一瞬、一直線上に結び合う。この時、だれかが見てなければ、あっ、船だと気づくわけがありません。
 早い話が、発見されたこと自体が奇跡なんです。

 著者は脱サラで故郷長崎にやってきました。で、父親の船を借りて漁に出てたわけ。
 船の名前は繁栄丸。たったの64馬力のエンジン。
 かねてからエンジンの調子が悪いので、そのチェックも兼ねて沖に出た。意外と軽快に動いていたものの、その後、プスリといったきり、動かない。
 携帯電話がまだ通じる圏内だったまに、この時、電話連絡したのは修理工場。
 「エンジンをどうやって修理したらいいか?」
 船のエンジンが悪い、故障したなんて、相手に言わないわけ。

 なぜか?
 恐怖感がまったくなかったからですよ。まだ西臼杵半島が目の前に見えていたからです。くらくなると、近くを通る船の灯りも見えていたからですね。
 翌朝、起きてエンジンをかけてみると、これがかかる。ところが、すぐにまた止まる。

 完全に止まれば修理しようなんて気持ちはなくなります。けど、エンジンがいったんかかるとなると、「直せるかも」と考えちゃうわけ。
 そして、自分で修理を施しているうちに、どんどん船は沖に流されていきます。
 そのうち、完全にエンジンはうんともすんとも言わなくなります。

 漂流したのです。

 流されてはじめてわかったことがあります。
 「自力で走ってないと、いま、どこにいるのかという位置の見当をすぐに失ってしまうんです」
 
 完全に漂流したのです。

 船には無線機もGPSも積んでいません。幸い、水、食糧品をかなり積んでいました。
 といっても、こんなもの、いずれなくなってしまうんです。

 なくなった後、どうしたか。海水を汲んでヤカンに入れる。それを沸かす。沸かすための油はありましたから。水蒸気をためて、一滴一滴飲む。こんなことも繰り返し。
 食糧は魚です。船に寄ってくる魚を捕る。
 けど、これもその後ダメになります。
 なぜか?
 人間というのは水がなければ、せっかくの食糧を食べられないのです。飲み込めないんですね。
 嚥下するためには水が欠かせないのです。
 助けられた後、最初にほしがったのはもちろん、水です。水が身体に入って、はじめて空腹感が来るんですね。

 この水がなくなったのは、漂流してから三週間後のことでした。

 37日間、漂流した彼の口中はカラカラ。唾もなくなり、下がくっついてしまう状態。もちろん、海水など口にしたらよけい喉が渇くだけ。
 悲惨なことに雨も降らなかったんですね。
 幻覚が見えてきます。ポリバケツに水がたっぷり・・・駆け寄ると、そこには何もない。

 37日間漂流したあげく、救われたわけですが、ポイントは四つ。
 一つは船に積んでいた砂袋を下ろして浮力をつけていたから。砂袋は船の安定のために必要なものですが、彼は格好が悪い。もっと喫水線が上の方がいかしている、という感覚で下ろしたんです。これが功を奏します。
 二つ目は「シー・アンカー」があったこと。これはパラシュートが水面下で広がっている、と考えるとわかりやすいでしょう。なんのために必要かというと、嵐の時などにこれを水面下で広げると、大波に船が倒されないですむんです。バランスをうまくとって、傾いた船をきちんと立て直す効果があるんですね。実際、このおかげで嵐の中で助かりました。
 三つ目は、運良く発見されたということ。これがいちばん大きいでしょうね。
 以上はすべて物理的な恩恵ですが、もう一つ、本人曰く。
 「あきらめたから・・・」

 エンジンをあきらめた。
 救助をあきらめた。
 食べ物、水をあきらめた。
 尿まで飲んだ。シーアンカーのロープも切れた。今度、嵐が来たら船は逆さになって沈没ですよ。
 だれもこんな状態では奇跡など信じなくなっています。
 どんどん、どんどん、自分に必要なものをあきらめていかなくちゃいけなかった。

 腹が据わるという日本語がありますが、これが最適。それまでは肩に入っていた力が抜けた。すると、不思議なものでいろんなものが見えてきた。
 いちばん最初に見えたのが、魚を捕まえようと閃いたこと。そして家族のこととか、人間関係なども見えてくるんですね。今頃、見えてどうなるんだといも思いますが、ここが人間の面白いところです。このまま死ぬかもしれないのに、いろんな勉強をするわけですよ、漂流船の上で、たった一人で。


 いつでも死ねる。けど、生きている間は生きよう。すべてを自然に任せてしまう。もう、人間ができることはなくなった。
 こういうあきらめでしょうな。

 漂流が悲惨な結果に終わるのは、物理的な要因だけではありません。いやむしろ、心理的な側面がかなりのウエイトを占めます。
 水や食糧などの物質的な欠乏よりも前に、恐怖感、ストレスなどにむしばまれ、苛まれた心が身体を死においやるわけです。
 150円高。購入はこちら



3 「うつくしい子ども」
 石田衣良著 文芸春秋 1524円

 「LAST」「池袋ウエストゲートパーク」で知られる人気作家ですね。神戸の少年A事件がモチーフになってますね。けど、この小説の舞台はどう考えても筑波学園都市ですな。

 十三歳の弟が妹の同級生だった少女の猟奇殺人犯として逮捕されます。兄は一つ上の中学二年生。
 娘をモデルとして大成させたいという野心家の母親、研究畑で働くエリートの父親。家族が一瞬にしてバラバラになります。
 兄は名前も変えず、転校もせず、いじめや中傷にもめげずに、学校に通います。そして、「どうして、弟はそんなことをしでかしたのか?」というテーマを追及するのです。
 
 友人三人。男勝りの少女。そして、女装趣味の学級委員。車いすの少年たちと連絡を取り合って、真実を見つけ出します。
 キーワードは「夜の王子」

 この少年の探偵ごっこに絡まるのが、新聞記者。といっても、構成は少年の日記風の独白、そして記者のこれまた日記風の独白で、二人が交差するのは三点しかありません。
 150円高。購入はこちら