2001年08月20日「なぜあの商品は急に売れだしたのか」「王妃の館(上下)」「文珍流・落語への招待」

カテゴリー中島孝志の通勤快読 年3000冊の毒書王」


1 「なぜあの商品は急に売れだしたのか」

 マルコム・グラッドウェル著 飛鳥新社 1300円

 この本、どこかで見たことあるなと思ったら、なんと去年の3月に「ティッピング・ポット(臨界点)」というタイトルで出した本の新装版なんですね。新装版というよりも、「あっいけね。タイトル、間違えちゃった」ということざんしょ。

 帯コピーにありますが、「大きな成功はすべて小さな工夫から始まる!」という通りです。
 アイデア、製品、メッセージ、行動などはウィルスのように広がっていく、と著者が言うように、ヒット商品にはいくつかの特徴があります。
 まず、感染的特徴です。
 たとえば、ハッシュパピーがトラディショナルで格好いいから流行したわけではありません。これは10年間まったく売れなかった商品なんですね。でも、ヤングがこれを履いてクラブやカフェに行って、自分たちはありきたりのものは履かないんだとアピールしたことで広がったわけですよ。
 つまり、マーケティングの世界ではなんにでも飛びつくリーダーがいます。そのあとにそれを見て追いかけるフォロアーがいますね。まるで感染したように増えていきますが、これと同じです。
 2番目には、小さな変化が大きな結果を生んでいるということです。
 突然変異はある日、いきなり、ドカッときますよね。薄い紙切れも50回も畳むと、地球と月の往復よりも厚くなると言いますが、ある日、ドンと来るんです。
 つまり、急激にくるんです。これが3番目の特徴ですね。

 本書を読みながら、今回の参院選自民党一人勝ち(といえるほどのものではなかったけれど)を実現させた小泉人気を見ると、かなり当てはまってるなぁと思います。
 わたしは都議選の自民党の勝利も参院選の自民党の勝利も、すべては総裁予備選にあったと考えています。
 このとき、マスコミは橋本、亀井、麻生の各氏ではダメだ。とくに有力だった橋本では変わらない。時代が逆行する。この橋本に比べれば、小泉は新鮮だし、自民党を変えるだろう。こうアピールしました。
 このときの宣伝力の余韻のままに都議選、参院選となだれ込んでしまいましたから、小泉一色になってしまったわけですね。
 つまり、最初は自民党内の小さな変化(橋本ではダメだ。小泉だという勢い)が国政レベルにまで波及してしまったわけです。
 これは、少なくありません。ペルーの藤森さんが大統領に当選したときも、彼は国会議員に立候補していたんです。ところが、ペルーでは大統領にも立候補できますから、2つの選挙に出たわけですね。で、大統領になっちゃった。
 そういう意味では、マスコミ操作ができる人は選挙に有利ですね。自由連合がタレントを乱立したのもマスコミで流れることを読んでのことでしょう。ただ、あまりにもタマが悪かった。だから、マスコミからもバカにされてしまった。やりすぎです。
 でも、桝添さんが百数万票取ったと威張ってますが、この7割は小泉票ですよ。あの人の力では、プロレスラーの大仁田票とどっこいでしょう。
 流行はマーケットリーダーが作っていく。そのリーダーにカリスマがあればあるほど感染力も強いんです。
 そういえば、インフルエンザというきわめて強い感染力を持つ「流行性感冒」は元もとスペイン語ですが、これを英語では「インフルエンス」と言います。「影響力、説得力」という意味ですね。

 本書ではユニークな心理学的実験データが紹介されています。
 たとえば、学生にてんかんの発作を演じさせます。その様子を隣室で1人で聞いてる場合は85パーセントが助けに行くのに、5人が聞いていると、なんと31パーセントしか助けに行きません。同様の実験を煙がドアのすき間から忍び込んでくるケースで行っても、結果は同じでした。
 つまり、人間の行動を変革させる力というのはほんの些細なポイントにあるということです。
 100円高。


2 「王妃の館(上下)」

 浅田次郎著 集英社  各1680円

 ご存じ、エンタテナー浅田次郎先生、久方ぶりのユーモア小説です。
 これ、いいよ、ホントに。
 ユーモア小説といつても、たんにバカげた内容だったり、セリフがおかしかったりするものではありません。そこはそれ、やっぱり「鉄道員(ぽっぽや)」「天国までの100マイル」の著者ですから、ウイットとペーソスに富んだロマネスクです。

 この人の名前を知ったのは今から17年前くらい前のこと・・・と思っていたのですが、その本「とられてたまるか!」(学習研究社刊)の奥付を確認してビックリ。なんと10年前なんですね。
 記憶がいい加減だなぁ。
 でもね、いつものように京都駅のキオスクで何冊かまとめて買って、東京に着くまでの車中で読み終えたことを覚えてるんですよ。
 「えらいおもろい小説書く人、出てきはったんやなぁ」
 京都駅で買ったという記憶、10年前という年月から類推すると、当時、勤務していた会社を辞める際に、お世話になった会社の人たちにあいさつするために本社(京都)に出向いた帰りだったんですね。
 だから、記憶に残ってるんです。
 で、浅田さんの名前は、その後、あまり聞かなかったんです。書店で見ても、目立たなかった・・・というよりも、正確に言えば、名前は同じでも気づかなかったんですね。だって、その後に出した本の路線とはあまりにも違ったからね(まっ「きんぴか」とか「極道ホテル」に似てるけど、この手の本ははなから目に入らない)。

 その後、エッセイなどをチェックするようになって、彼がどこかに「最初はとにかく書かせてもらおうと、版元の注文通りに書いた」と記してるんですね。で、本意ではないけれども、自衛隊除隊後の自分の人生で、危なかった話などを編集者に聞かせていると、「あっ、それ、おもしろい。小説よりいい」って言われて、「とられてたまるか!」って本が出たわけですよ。
 で、会社を辞めたわたしがその本に出会ったのが10年前ということになります。

 でも、この10年間の彼の仕事ぶりはものすごいですよね。
 「子どものころからずっと書いてきた。1日3時間は机に向かって書いてきた」って言うけど、ホントにプロの仕事をしてるなぁって感動しますよ。

 さて、「王妃の館」ですが、舞台はパリです。
 「太陽王」と呼ばれたルイ14世。彼が愛したディアナ(英語読みだとダイアナさんになります)が愛息プティ・ルイと暮らした館ですね。
 この300年前に建てられた館がそのままホテルになってます。このホテルに日本のインチキ旅行社からダブルブッキングで騙された「金持ちツアー客」と「極貧ツアー客」の一行が元夫婦のツアコンと入り交じってドタバタ劇を繰り広げます。
 といっても、そこはそれ、「鉄道員(ぽっぽや)」「天国までの100マイル」の浅田先生ですから、ルイ14世とディアナ、そしてプティ・ルイのお話をコンシェルジェに話させ、北白川右京なる売れっ子作家に小説化されるという二重、三重構造のストーリー展開となってます。

 まっ、小説についてあれこれご託を並べるほど野暮なことはないので、この辺で止めときます。でも、直木賞とか芥川賞の選考会で、あれこれ批評したりする先生がたくさんいますけど(文芸評論家もいるし)、こんなもの、おもしろければそれでいいじゃん。
 最終的にはお客さん(つまり読者)が判定すればいいんだよ。だっていまのお客さんて、はっきり言って彼らより賢いよ。
 300円高。


3 「文珍流・落語への招待」
 桂文珍著 NHK出版 870円

 落語家にしてニュースキャスターなど、手広くやってる方ですね。
 わたしがはじめて見たのは、関西のテレビ番組「ヤングOH!OH!」ですね。カップヌードル(日清食品)提供の公開番組です。そのなかで、「本物はダレだ」というコーナーがあって、いつも「○○○保存会です」といって笑いを取っていた落語家。それが文珍さんでした。
 その後、月亭八方とか林家小染(故人)、桂きん枝(漢字忘れました)とザ・パンダというグループを組んで活躍しました。

 で、この本はNHKの「人間講座」という番組のなかで講義した内容がベースになってます。
 やっぱり、デビュー当時のことを話してますが、学生時代あれほどウケたのが、プロになって高座に座るとまったく笑ってもらえない。これには参ったと言ってます。
 学生時代は周囲がみんな応援団。みんな仲間内で笑っていたのが、今度はお金を払ってくる客が相手だから、ハードルがグンと高くなった。それを落語家になるまで気づかなかったらしいですね。
 この「ヤングOH!OH!」にしても、抜擢された理由が「落語家でありながら、落語家らしくなくて、あまり顔の知られてない芸人」という悲しい基準で選ばれたんです。猿岩石みたいなものですよ。

 でも、この人の賢いところは「芸と人気がピタッと合っていたり、芸のほうが上で人気がちょっと下。これはやりやすい。人気だけあって芸がない。これはつらい。それで基本からやり直して、なんとか今日まで続けることができた」って言ってます。
 バカじゃありませんよ、さすがです。

 落語は「自己処理完結型の芸」「バーチャル・リアリティ」という指摘もおもしろいですね。1人で長屋のご隠居も熊さん、はっつぁんも演じてしまうんですからね。
 
 関西流のしゃべくりについて、こんなことを言ってます。
 たとえば、商人の会話です。
客 「○○ありますか?」
店 「いや、ありません」
 これは東京の典型的な会話ですよ。これが関西になると、こうなります。
客 「○○ありますか?」
店 「○○でっか? さっきまであったんやけど、アレ、どこいったのかな、おかしいな。ちょっと調べますさかい、待ってておくんなはれや」
 と足を止めさせておいて、「いや残念、ちょうど売り切れてしまいました。1週間たったら入りますで、よろしかったらご住所とお電話番号だけでも・・・あっ、間に合わない、いやそうですか。代わりにこれではいけまへんか? アカン。そう・・・ホンマによう来ていただきましたのに申し訳ないことでぇ」
 とにかく、お客さんと徹底的にコミュニケーションを図る。これが大阪。
 しかも、大阪人は東京と違ってタテ関係の人間関係作りをしません。すべてヨコなんですね。
 たとえば、こんな具合です。
 「これ、困りまんな。どないなってまんねん」
 「どないなってまんのやろうな」
 「なんとかしてぇな」
 「うーん。なんとかなりまへんやろか」
 こういう会話になります。
 50円高。